« ソーシャルネットワーキング.jpのSNS101夜 | メイン| ブログサービスランキング -戦略分析 »

2005年01月17日

震災から10年

阪神・淡路大震災から今日で10年の月日が流れた。テレビでは数日前から被災者追悼の番組が大量に垂れ流されている。

私は1995年当時、大学生として神戸市灘区岩屋に住んでいた。
地震のその日、あまりに変わり果てた街の姿、燃え盛る家々、垂れ下がる電線、その上空を飛ぶ自衛隊のヘリの姿を見て、あまりに現実感がなく、自分自身が映画かドラマのワンシーンにいるような錯覚に襲われたのを鮮明に覚えている。不謹慎かもしれないが、そんな感覚が実態だ。人間が現実を現実として捉えるには、それが非日常なものであればあるほどその現実をそのカタチのものとして受容するのに時間がかかる。今思えば、ちょうど初めての子供が生まれた日の「まだ人の親になった実感はないけど親になったんだ」というような感覚に似ていたように思う。

昨日昼飯を食った食堂の厨房が丸見えになって炎の中で焼け焦げていくのが見える。昨日当たり前に通過していた近所の高架陸橋が堕ちてその下でタクシーの払い下げみたいな古びたクラウンがぺしゃんこにひしゃげている。一昨日彼女と一緒にミスチルやらドリカムやらを歌ってたカラオケ屋のビルがきれいに一番下で折れて看板もなにもそののままで真横90度になっている。
当たり前だと思っていた日常が一夜のうちに消え去るということが、なんて簡単に、なんて当然のことように起こってしまうのだろう、というような想像しやすい思考が私の頭にやってきたのなど、地震から何ヶ月も経った後のことだった。そういうものだ。

私は震災後数ヶ月間、一度も神戸を離れることなく避難所での力仕事や被災した高校受験生たちに勉強を教えるボランティアなどをやっていた。そのころノーヘル原付バイクで長田区や兵庫区のアスベスト飛散地域を毎日走り回っていた。そのときは、「これでガンになろうとどうしようと、全く関係ない。今こうして生きてるだけでももうけもんや」などと考えていたのを思い出す。若かった。最近体調の悪い日が続き、まずそんな当時のこととは関係ないに違いないのだが、そんなことをふと思い出して苦笑いしてみたりしている。

あれから10年。私は歳をとり、当時の彼女と結婚し、2人の子供がいる。

あの時たくさんの人たちとふれあって、有り体だがたくさんの人たちの心の暖かさにふれて、人間ってすばらしい、というようなことも感じた。あの時に「絶対にこのことを忘れない」と思っていたことのうち、まだまだ鮮明に覚えていること、10年でもう忘れかかっていること、紡ぎだせばきりがないほど濃縮された記憶が私の中に残っている。そんな記憶をもう一度たぐりよせながら、今、こうして無事に生きていられるということがどれだけ幸せなことか、こうして生きているということがどれだけ大切にしなくてはいけないことか、もう一度考え直したい。


被災者の皆様に合掌


newsing it! このエントリーを含むはてなブックマーク

« ソーシャルネットワーキング.jpのSNS101夜 | メイン| ブログサービスランキング -戦略分析 »

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://huehara88.sakura.ne.jp/mt/mt-tb.cgi/33