2009年05月09日

メディア論 -新しいメディアの姿に対する一考察

明日某所で「新しいメディアの姿」というテーマで議論することになっていますので少し下書き。

「メディア」と言っても前後の文脈で全く意味が異なってくる語ですので扱うのがたいへん難しいところですが、ここではおそらく「ソーシャルメディアの進化とマスメディアの構造疲労」というところになるかと思います。

ここで「ソーシャルメディア」とはブログ・SNSを中心とする「個人発信メディア」と、その力を増幅・整理するSBM/ソーシャルニュースやウェブソース媒体(J-CAST等)などの「ミドルメディア」を指しています。UIはPCであれ携帯であれ、ここ5年で小さな爆発と淘汰を繰り返しながら一気に社会的な存在感を増したと言えるでしょう。

ソーシャルメディアの進化ベクトルは2つに大きく分かれます。「マスメディア対抗」を軸として1:Nチャネルの多様化を生んだベクトルと、「ネットワーク」を軸としてN:Nのコミュニケーション拡張を生んだベクトル。

ソーシャルメディアに参加する生活者の態度もいずれかのベクトルに因っていますが、日本国内では後者のベクトルの方に振れる層が多く、結果的に日記ベースのSNSであるmixiや携帯コミュニティの成長速度が速くなっています。

前者の「マスメディア対抗」のベクトルはその進化を牽引できるリーダー(それが個人であれ何らかのミドルメディア事業者であれ)の不在と裾野の狭さによって緩やかな成長に止まっているのが現状と言えます。

「マスメディア対抗」のベクトルにそれほど勢いがないことと、元来マスメディアが5大紙グループに偏って強大であることが相まって、国内では「マスメディアVSソーシャルメディア」というような論点を起こしてもあまり火が着きません。ソーシャルメディアはマスメディアの対抗軸たりえていない(そもそもそうあるべきかも見えない)、というのが現状です。

そんな中ですが、マスメディアが構造疲労から自己崩壊を起こしているのは事実です。要因は生活者ニーズの多様化、ドメスティックな消費経済の成長停止、管理職以上の高齢化と人件費高騰などにあり、結果として、視聴者・購読者の減、広告収入のマイナス成長、高コスト・守旧体質による新規事業の停滞、押し紙などの流通網いじめ、下請いじめ、消費者の欺き、低俗化と、かつての隆盛からは見る影もありません。

ではマスメディアはこのまま終焉を迎えるのかというとそう簡単にはいきません。


メディアというものを考える上で、構造を6つのレイヤに分けてみると捉えやすくなります。

1.対象: 視聴者・購読者・読者の層・量
2.端末: ユーザーインターフェース
3.流通: ディストリビューション
4.中身: コンテンツ
5.思想: バックグラウンド
6.商流: ビジネスモデル
 
例えば「新聞(全国紙)」というメディアの場合で考えると、

1.対象: 壮年中心の購読者
2.端末: 紙面・宅配
3.流通: 全国の宅配販売網・再販制度
4.中身: 取材網・編集力
5.思想: ジャーナリズム
6.商流: 購読料・広告料

「地上波放送(キー局)」というメディアの場合で考えると、

1.対象: 主婦中心の視聴者
2.端末: TV受像機
3.流通: 電波・行政に守られた既得権
4.中身: 同時性・創作力
5.思想: 楽しくなくちゃテレビじゃない(古い?)
6.商流: 広告料

ということになります。

マスメディアの構造疲労をこの層別で見ると、
1.対象が見えていない、欺いている
2.端末と流通がバンドルされている
3.元来強みの源泉だった流通網が最も疲弊している
4.コンテンツ創出力は未だ比類ない★
5.思想の欠如が見られる
6.ビジネスはガタついている

ということになるでしょうか。

ここで★をつけた4.コンテンツ創出力 については今もなお代替不能なものであり、これを以ってメディアのコンピタンスと捉えてよいのではないでしょうか。私がマスメディアの方とお話する折によく「ネット媒体に記事卸すなら0一個大きな額にすべき。で、収益性成長性の低い自社のネット媒体などは閉鎖してコンピタンス強化と既存ビジネス死守に集中すべき。」と主張する所以です。


長くなったので端折ると、
「新しいメディアの姿」というのは、然るべき「思想」の下に、適切に絞られた「対象」の求めに応じて、その対象の層と規模に応じた「ビジネスモデル」と投資規模が組まれ、マスメディアの創出力とソーシャルメディアの生の声DBが組み合わされた「コンテンツ」が、「端末」・「流通」アンバンドル/マルチプラットフォームで提供されることを通じて実現するものだと思います。

それに現時点で最も近い存在は・・・  newsing(ニューシング)だということでここはどうぞ一つよろしくお願いします。

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2008年05月25日

オフラインnewsing Vol.2後録 多様性でいこう

5月16日に開催されたオフラインnewsing『日本のニュースサイトはなぜつまらないのか』にて、ライブドア執行役員の田端氏とアメーバニュース編集責任者の中川氏とともにトークセッションに登壇させていただきました。

今回は自社のメンバーが企画した場にホスト兼ゲストの形で登壇する場だったことから立ち位置が不明瞭で、自分自身少しどっちつかずなプレゼンスを出す形になってしまったことを反省しています。

事後に多くの参加者の方々がブログやニュースで言及くださっていますのでセッションの内容についてはそちらにお譲りして、ここでは自分の問題意識と話し切れなかったことをつらつらと書き連ねたいと思います。

※内容まとめはこちらが秀逸かと↓
第2回オフラインnewsingをオンラインで観ました。 | 世界を巡るFool on the web | あすなろBLOG

※映像はKNN神田さんが編集くださったものがおすすめ↓
KandaNewsNetwork: 第二回オフラインnewsingに参加してきました


今回の「日本のニュースサイトはなぜつまらないのか」というテーマ設定については、現在様々なニュースサイトを運営なさっている方々には本当に失礼な文言になっていたと思います。気分を悪くされた方にはどうかご容赦いただきたいです。「芸風」と評してくださっている方もいますが、基本的に「素」なのであるがままでご覧いただければと思います。

今回のテーマに至った問題意識として、「今のニュースサイトはウェブ本来の価値を活かせているのだろうか?」というものが私の中に元来あります。ウェブ本来の価値とはなんぞや、と話し始めると何日あっても足りませんので、ここでは「ニュースサイト」に関連する本来価値に焦点を当ててみます。その価値とは「多様性」と「ユーザー参加」だと思っています。

「ユーザー参加」についてはこのブログでもずっと書き連ねていることなので「多様性」のことを。

「日本のニュースサイト」には多様性が欠けているように感じています。否、もちろん個々の事業者が行っている施策で個々にカバーできている領域もあるかも知れません。ですが言論・報道全体として、メディア側が発信するものに色と深みがないのではないか、と感じています。

国民総中流、総中道の社会になって久しい今の日本では、若干でも偏りのある言論や報道がなされるとそれだけで周囲の中道が糾弾、揶揄して叩き潰すような状況です。ある意味では報道機関自らが自らの手で報道の自由を叩き潰して行っているのだと思います。

元来にして言論・報道というものは、その情報の摂取を通じた刺激が一般の人々にとっての思考のきっかけとなり、材料になるものだと思います。そこで偏りのない言論・報道しか摂取できない状態が続くと、思考というものにそれほどの時間を割かない普通の生活をする人々にとっては一律の価値基準、しかも浅めの価値基準のみが植えつけられ、それがまた下の世代へ教育として浸透し、民族全体としての白痴化が進む。

「自分で考える」なんてかっこいいことを言う人もいるが、人類は脈々と先達からの教えを受け継いで思考を進化させてきている。ソクラテス→プラトン→アリストテレスみたいなものだ。その進化のための思考のはしくれになるのが論壇における言論であったり、市井の声や興味を反映した報道であったりするのだと思う。現代の報道メディアはその「進化の思考」にドライブをかけることを宿命付けられているのに、そのミッションを忘れて、経済原理や権益保守のほうに頭を取られすぎていないか、と。

思考というもののアウトプットになるのは行動もしくは価値観だと思います。価値観という言葉はあいまいなものなので、再現性ある状態にしようとすると「判断のための価値基準」ということになるかと思います。人の思考というのは右に振れて、左に振れて、あちこちに振れながらその振れ幅が広ければ広いほどより精緻な価値基準に落ちていくものだと思います。

その「振れ」は往々にして「危険」と呼ばれるもの、行動レベルで社会的に受容されにくい姿(ex:宗教とかゲイとか)になることもあるために、社会やムラのルールを定める上ではその「振れ」が起こらないように制御されていきます。振れが減るだけならまだよいのですが、思考は幅広い振れがあることによってその深度が形成されるものであるために、思考の振れが減る環境にあると浅薄な思考や思考停止に至りがちなのだと思います。今の日本です。

判断の価値基準というのは一定の考え方や行動様式、能力を持つ人々の「集まり」の中で、その判断を下したときによりよい結果に導かれる、というものだと思います。その「集まり」というものがウェブではコミュニティと呼ばれたり一般社会ではムラと呼ばれたり会社と呼ばれたりもするわけです。ある判断の価値基準を持つと、それはそれなりに普遍的なものであるがゆえにわざわざその価値基準を変化させようとは思わないのが人の常です。

で、そうなるとその「同じ価値基準を持つ集まり」自体がその外側にあるメタ社会の中での競争原理であったりコミュニティライフサイクルの波であったりの中で栄え、費えていくことになるのです。その構成員の意思や平均余命に関わらず。

要は日本という国が経済とはまた別のサイクルに拠る「価値基準の固定化」という民度のサイクルのようなもののピークを過ぎて下降線に入っているのではないですか、それはメディアが一様化しているためであり、その逃げ場所になっていたインターネットがそのカウンターパートとして成立すべきところでまったくそうなれていないのではないですか、というのが問題意識であり自分自身へも自問しているところなわけです。

ウェブにはたくさんの「ありえない」と思えるような考え方や思想、価値基準たちがあふれています。ただそれらが人の目につくためのしかるべき訓練、信頼性、経済性を身につけているわけではない。そこに訓練・加工や信頼性や経済性のカバーをしていくことが一つできることではないだろうか。

人の価値基準というものはそう簡単に変わるものではなく、自分はそういう認知科学を学んだわけではないけれども、体感的には少なくとも時間、権威、場の空気というものに影響されるものだと感じている。「権威」という語は見た瞬間反吐が出そうなところだが、リアルに存在してかつ価値創造にも寄与する(すべき)ものなのだから仕方がない。

で、価値基準が固定化されてしまい、かつ下降カーブに入ってしまった日本の人々に再度成長カーブを一緒に作っていきましょう、という気持ちになってもらうには、多様な価値観をインターネット側から、時間・権威・場の空気などは活用しきって、カタチにしていくこと、人に認知できる、認知しやすい、刺激を受けやすいカタチでお伝えしていくことが必要なのだろう、と思います。


追記: 上記において「ブログ」というものの存在がほぼ無視されているのは、一旦「ニュースサイト」というもののみの掘り下げをするためです。ブログは視点の多様性を担保してくれる素晴らしいメディアだと思うけど、これもまた「プロ論」という経済原理側との確執と、「クオリティ論」というスパムや一般社会通念との闘いがある。

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2008年01月10日

CNETのオンラインパネルディスカッションに参加

遠目に拝見していても、CNET Japanさんとしてもおそらく梅田望夫氏らを並べた識者ブログ以来のヒット企画なのでは、と感じているCNET Japan オンラインパネルディスカッション。(読者側のUI・遷移は微妙、という話はそのうち改善されると思うので横に置きつつ、)ウェブ業界のリアルタイムなテーマに対して様々な視点を知ることのできるマジックミドルの集約メディアとして、今後一層面白くなってくるのではないでしょうか。

この企画のスタート当初から、マイネットのCTO松尾がパネリストとして参加させていただいていたのですが、今回改めて私もパネリストの一員として名を連ねさせていただくことになりました。

パネラー紹介:上原仁:CNET Japan オンラインパネルディスカッション - CNET Japan
cnet_uehara.gif

くれぐれも、ウェブ業界を蛸壺する方向でなく、ウェブ先端で動いている物事を世間様にわかりやすくお伝えする役割の一旦を担えたらな、と思います。どうぞよろしく。

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2007年04月22日

メディア論 -また途中

月曜はRTC Vol.22『メディアの今後』を開催するわけですが、その準備も兼ねてあれこれぐぐっていたら自分の2年前のエントリーがひっかかったので晒してみるテスト。文章がややこしすぎて自分の思考のためだけに書いてる感がアリアリ見えるのと、なんとなく切込隊長に影響を受けているっぽい文体なところが香ばしい。

メディア論 -を語ろうとしてただの中途メモ | 近江商人JINBLOG

この構造はメディアという言葉を理解する上においてはたいへんわかりやすい構成になっています。①端末、②ディストリビューション、③コンテンツ、④ビジネス、⑤思想。

この当時はあまりマスメディアな方々との接点がなかったこともあって、「取材網」「編集力」というようなところに視野がいってなかったようです。ある意味「コンテンツ」という枠の中ではあるのですが。また、この時点でモバイルとSNSの親和性のようなものを感じていた様子。ほなはよやっとけよ。

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2007年01月07日

マスメディアは消える? わけない

今もよく「CGMの拡大でマスメディアは消えるのでしょうか?」というような質問をいただくことがあります。特にマスメディア側の方からいただくことが多いです。これに対して私は「決して消えません」という回答をしています。CGMとマスメディアの間には役割の分担がなされていくと考えています。

CGMが発達することで、これまでのようにマスメディアが情報の権威を独り占めすることはなくなっていくでしょう。ただし、マスメディアの「一時情報源」としての役割と「ディストリビューター」としての役割はまだほとんど揺らいでいません。

ブログの登場とともにインターネットに流れる情報量が増えたことで、一般ユーザーもネットで情報を収集・分析して論じることができる状況になってきました。しかし、例えば新聞の論説委員とブロガーが同じ立ち位置かというとそうではないと思います。プロフェッショナルとそうでない者には、使える時間の差、情報源となる取材網の差、プロ集団における競争に勝ち残ってきた蓄積の差があります。これらの差からくるクオリティの差は依然として残るでしょう。

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2006年09月05日

岡田有花>VS>鳥越俊太郎

ITmedia岡田有花さんがおもしろい。本当におもしろい。

私も参加させていただいた先日9月2日のオーマイニュース×ブロガーシンポジウムにおいて、オーマイニュースの鳥越編集長が吐いたコメントがWebジャーナリストの雄(雌だが)岡田有花記者に逆張り裏取りされて、ジャーナリスト鳥越が形無しの構図。

どの情報を信じますか? -ITmedia

鳥越編集長はこの記述に関して「インタビューのとき、たしか『一部の』と言ったつもりなんだけどね、(記事では)2ちゃんねる全体が全部ごみ溜めみたいになって」と語ったようだ(オーマイニュースの該当記事)。
 だがインタビューの際、鳥越編集長は「一部の」とは言っていない。該当部分のテープ起こしをそのまま掲載する。

上記シンポの首謀者ガ島通信もさっそく関連エントリーをあげています。

今回も「一部」という言葉があったか、なかったかを突き詰めても不毛な気がしなくもないので、岡田記者が鳥越編集長に2ちゃん活用術を伝授とか、そういう方向になれば良いのにと思ったりしますが… いずれにせよ、鳥越編集長の次のアクションが鍵となるでしょう。

本件そのものに関しては鳥越編集長に染み付いているマスメディアの発信側世界観「ほとんどの人間に発言力はないが自分にはある」的な感覚から発された言質が不用意であった、という話に見受けられますね。

オーマイニュースはさきほどもmixiユーザーな市民記者が自ら行った他人情報改竄行為を実名で上げた記事をスルーで掲載という暴挙を行ってたった今もネットのあちこちで燃やされているところなわけですが(そして当該記事のコメント欄は閉じてしまうイタタぶり)、ここまで来るともう笑うしかない状況に思えてきます。オープンから1週間でこれだけあらゆる切り口から火種を振りまくサービスも珍しいです。今後ジャーナリズムや広報戦略だけでなく、ネットサービスそのものに長けた人物がオーマイ入りして適切にマーケティングした炎上を繰り返して、せっかく得ている世間のAttentionを少しでも固定客化することが期待されます。むしろそれしか。


話はずれましたが、ITmediaの岡田記者の過去記事を見ているとまたいっそうおもしろい。はてな近藤さん、mixi笠原さん、ペパボ家入さん、GREE田中さん、メディア・パブ田中さんなどなど、あまりに秀逸なネット人描写に、このネット業界という小さな蛸壺の情報流は岡田有花さんを中心に描かれているような気さえしてきます。そんな有花さんの逆鱗に触れた鳥越さん。これにどのように応えるか、オーマイニュースの将来も鳥越さん自身の老後も左右する対応になると思います。

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2006年09月01日

ライブドア伊地知氏とライブドアポータルの今後

今日、ライブドアの伊地知さんとお昼をご一緒しました。ライブドアの方、特にポータルの上層の方とはこれまであまりお話する機会がなかったのですが、顔を合わせてお話するとやっぱり外で見ているだけとは違いますね。とても興味深かったです。

伊地知さんはライブドアの社長室長兼ライブドアポータル事業のトップでもあり、最近ではITmediaでのCGMの現状と将来を解説する連載で好評を受けている方です。お会いしての第一印象は「ライブドアにこんな柔らかい雰囲気の人っていたんだ」という感。物腰も柔らかくとてもさばけた方で、冒頭からたいへん好感を持ちました。

彼はオンザエッヂ(現ライブドア)が無料プロバイダーだった旧ライブドアを買収した後、すぐにその事業のトップに就任したとのこと。それまでソフト会社(プロジー)の営業部長だったところから突然プロバイダー事業のトップへという人事には、ライブドアが中小規模だった当時の堀江元社長の豪腕振りを感じます。

伊地知さんとしてはその事業引き受け自体も相当大変だったようですが、そのプロバイダー事業を引き受け翌月から単月黒字化したという手腕はすごい。事業家としての力を元来お持ちだったのだと思います。

2003年11月からスタートした現行のライブドアポータルを(堀江元社長のBuzzプロモーションもあったとは言え、)2年で現在の一大ネットメディアにまで育て上げた方だけあって、インターネットメディアの現状と本質についても深く思考されていました。

ポータルを立ち上げた当時は「質よりスピード」という考え方で月1~2件の新サービスを打ち出し続けていたとのことですが、現在はCGM系のサービスを軸に、よりユーザーがサービス間を移動して使いやすくすることに注力しているとのこと。

実際、ライブドアブログは業界最大のユーザー数を誇り、ライブドアのSNS「フレパ」は国内でmixiに次ぐ規模となっています。企業ブランドイメージの問題はまだ残るものの、今後一層裾野が広がるCGM領域で戦っていく上で、好位置にいることは確かです。

堀江元社長の逮捕時にライブドアポータルが出した『メディアの中立性』についての宣言はライブドアが少なくとも虚業などではない(まだ勘違いしている人もいますが)ということを知らせてくれましたが、今回伊地知さんとお話したことで改めてそのことを強く感じました。

最後に、伊地知さんの話で最も印象に残ったものを一つ。
「本質を突き詰めると”広告”というものは不要になるかもしれない。でもコンテンツは必ず残る。コンテンツは人の心に変化をもたらすもの。今の広告に頼る状態から、早くコンテンツビジネスで事業が成り立つようにしていきたい。」

興味深いお話を伺えました。伊地知さん、ご紹介くださった篠原さん、ありがとうございました。

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2006年08月24日

佐々木俊尚氏とネットとメディア

今日、グーグル―Google 既存のビジネスを破壊するの著者である佐々木俊尚さんがマイネットに取材に来てくださいました。佐々木さんと言えば従来からネットに強いジャーナリストとして有名な方でしたし、お会いするのがかなり楽しみだったのですが、お会いしてみると期待に違わぬ高回転頭脳とお茶目な笑顔が印象的な好人物でした。

お話自体は私の起業とnewsingのことについて。私がとことん突き詰めたいと思っている「ソーシャライズ」の概念についてお話したところ、たいへん共鳴してくださったのでうれしかったです。

ちょうど昨日、佐々木さんが編集委員をされているオーマイニュース・ジャパンのOhmyNews開店準備中Blogで、オーマイニュースの方々にとっては結構刺激的な論を内側からアップしていらっしゃいました。トークの中で少し伺いましたが、やはり深い考えがあってなさっているとのこと。

佐々木さんは先日からのオーマイニュース騒動(ITmedia岡田有花記者の鳥越編集長取材記事をきっかけにしたオーマイニュースBlogの炎上劇)に絡めて、9月2日予定で私の盟友ガ島通信藤代氏らとおもしろいイベントを計画していらっしゃるようです。私も参加してちょっと裏方支援させていただこうかな、と思ってます。

このところ久しぶりに「ネットとメディア」に関する議論が活発になってきていてワクワクしてます。これに対して、私はエスタブを離れたネットの住人らしいアプローチでこの議論に参加したり、議論が活発化するプラットフォームを提供したり、をしていきたいと思っています。

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2006年08月22日

新聞社のネットビジネス手法 -メディアの2つの意味

メディアサイトが自社の広告ネットワークに参加してくれるブロガーにトラヒックを誘導しつつ、成果としての広告収入をブロガーとシェアする、というサービスをワシントンポストが開始したとのこと。

ブロガーを喜ばせるブログ広告ネット,米新聞社WPが開始

washingtonpost.comのトップページには,Sponsored Blogroll枠が設けらており,その枠内に参加ブログへのリンクが周期的に張られるのである。washingtonpost.comには毎月約800万人が訪問しているだけに,washingtonpost.comから参加ブログへのトラフィックをかなり誘導してくれそうだ。

これはいいですね。これまでトラヒックの囲い込み優先で自社メディアでの収入ばかりを追い求めてきたメディアサイトにとっては逆転の発想。すでに持っている一定のユーザーベースを広告提携ブログ(他メディア)にも提供していくことによって、広告ネットワークを広げるテコにもなり、そのネットワークが広がれば広がるほど自社も提携ブログも収益が高まる、という構図。

新聞社はWebサイトを運営する上で、自サイトが「メディア」であることを頑なに大切にしていますが、この「メディア」という言葉は実は「一次情報源であること」と「集客力→配客力があること」という二つの意味性を持っています。これをビジネスの観点で見つめなおすと、新聞社にとっての本来のコンピタンスは「一次情報源であること」の方にあるわけですから、この部分を大切に守りながら、「集客力→配客力」を上手に吐き出しながらビジネス化を進めることは、企業体としてとても利にかなった戦略になるわけですね。

これは参考になります。

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2006年03月02日

老舗「インターネットマガジン」の休刊

インターネット誌の老舗インターネットマガジンが休刊。感慨深いです。

「インターネットマガジン」が休刊に -ITmedia

インプレスは3月1日、インターネットを専門に扱ってきた月刊誌「インターネットマガジン」を、2006年5月号(3月29日発売)を最後に休刊すると明らかにした。同社は「社会全体に大きな影響を与えるまでに成長したインターネットを、1つの雑誌でカバーすることは難しく、必ずしも読者ニーズに合っていないと判断したため」と説明している。

10年くらい前、初めて手にしたインターネットマガジンの背表紙についていた網の目のような日本のインターネットのネットワーク図のおかげでぼんやりと「インターネット」というものが可視化され、毎月そのネットワーク図の網の目が着々と濃くなっていくのを胸をときめかせながら見つめていた人も多いのではないでしょうか。(ときめいてませんかそうですか)

プロバイダーの広告を中心に(いつもInterQだらけだったのが印象的)どんどんと電話帳のように分厚い物体になってゆき、いつしか見るのがうんざりになっていきました。

昨年から紙面を刷新し、インターネット業界関係者向けの薄めのオピニオン誌のような姿となって以降、読みでのあるいい雑誌になったと思っていたのですが、結局休刊を迎えたとの報、残念です。

個人的には今年の1月号のWeb2.0特集で執筆させていただいたのですが、その時はインターネットマガジンの編集者の方からこのブログ経由で直接ご連絡をいただき寄稿が決まりました。「老舗だけどインターネット的な誌面作りをしてるなぁ」と感心したのを覚えています。

PC関連出版では、1988年に創刊した朝日新聞社「ASAHIパソコン」が3月15日号(2月28日発売)で、1989年創刊のソフトバンククリエイティブ「C MAGAZINE」が4月号(3月18日発売)で休刊するなど、老舗雑誌が相次いで姿を消す。

ちょうど先日NHKの生活時間調査で日本国民の新聞接触時間の減少が顕著に示されていたり、今年か来年には日本の雑誌広告費とインターネット広告費が逆転するという状況の中、紙媒体がWeb媒体へ移行していくトレンドの、これが大きな第2波なのでしょうね。

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2006年01月20日

livedoorポータルの独立宣言

大規模ポータルサイトはメディアであり、運営法人からは独立した「公共性」を持ち、「中立性」「独立性」を確保する、というライブドア・ニュースでの宣言。

強制捜査を受け、今後のポータルサイト「livedoor」の運営に関して

ポータルサイト「livedoor」は、月間約1400万人のユーザーの皆様からご来訪を、約300社の広告主からのご出稿を頂いており、既に法人としての株式会社ライブドアからは独立した「公共性」を有していると考えます。当社は、上記の認識に立ち、今後も、メディアとしての「中立性」「独立性」を最大限に確保しながら、ポータルサイト「livedoor」の運営を継続してまいります。

今回の事件そのものについては状勢も流動的ですのでコメントは控えますが、このlivedoorポータルの宣言については同業の者として、メディアの独立性という考え方そのものについても、不利を逆手にとったアクションとしても、高く評価します。どなたがお考えになった文章かわかりませんが、この内容が虚聞とならないようlivedoorポータル部隊の方々にはがんばっていただきたいと思いますし、切磋琢磨してこの領域をより世間様のお役に立てる仕事にしていきたいですね。

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2005年08月20日

日本の新聞業界は周回遅れに過ぎる

USの新聞社のオンライン市場での成長ぶりと比較して、日本の新聞社が前例主義・懐古主義に拘泥して保守的なビジネス展開に終始している状況に強い危機感を感じる。

新聞社のオンライン収入、大きな伸び -Ad Innovator

2004年に10億ドルを超えた、新聞社のオンライン収入はこれからも大きな伸びを見せると予想されている。ここ1、2年が30%台、その後も20%近い成長が続くという。

既存業界による新興事業領域での市場成長率というのは、その業界がいかにヒューマンリソース・マネーリソースをその事業領域に割いているかを如実に現す鏡のようなものだ。
新聞業界のオンライン事業に対する取り組みとして、わかりやすい事象としてのUSでのニュース・解説コンテンツの有料提供ビジネスとその失策などといったものもあるが、そこにはやってみて始めてわかるビジネスのあり方という側面があるはずだ。やってしまったら業界に波紋を起こす、とか、やっても儲からないし、とかいった思考で新奇性の高い事業をやらないというのは、国のエスタブリッシュメントとして数千億の事業基盤を持つ新聞社たる事業者のとる行動としては思考が浅すぎるのではないか、と感じる。

一般消費者のインターネットに向かう理由のベスト3に必ずエントリーされる「ニュース」という分野の最上のコンテンツホルダーでもある新聞社が、'95年頃から粛々と続けている自社サイトでのニュース配信(広告収入)と自社のニュースリソースをポータル等の事業者へ卸売する(コンテンツの法人販売収入)スタイルからほぼ外に出ることのできていない日本の現状はお世辞にも発展的な状況とはいえないだろう。

おそらく(というか、実態も一部拝見するところだが)日本の新聞社のオンライン事業に割かれているヒューマンリソース・マネーリソースのレベルと量が低位のまま据え置かれていることが現れているということでもあるだろう。

日本の新聞業界の特殊な流通網の発達と全国紙による覇権によって守られてきた今の状況が、インターネットの普及と発展に伴ってビジネスモデルとして成り立たなくなってきていることは各新聞社の経営陣が一番気づいているところだと思う。

日本の新聞社にはもっとオンライン事業に人と金を張って、ビジネスとしてのチャレンジを繰り返していただきたい。例えば記者全員がブログを書いて読者とのコミュニケーションの中で生まれる価値や読者のダイレクトな要求を捉えてみればよい。例えば日々の主要記事を新聞社自らポッドキャストして有料サービスとしてトライしてみればよい。

そういったチャレンジを怠ってどんどんと他国の新聞メディアのオンライン領域における知見・経験に差を開かれていったときに、苦渋を舐めるのは新聞業界だけではなく、その業界に民度を左右されている日本国民全体であるのだ、という認識を持って取り組んでいただきたいものだ。

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2005年03月15日

メディア論 -を語ろうとしてただの中途メモ

メディアについて考えてみたりしていたのですがなかなかぱっとしないまま少し言葉に落としてみます。

現在のメディアという言葉はややこしいですね。例えばテレビはキングオブメディアといわれるわけですが、その意味におけるメディアという言葉は、人の可処分時間を最も占有している「テレビ」という受像機そのものを指すこともあれば、放送波という限られた資源を占有する規制・既得権益産業としての側面が表に出ることもあるし、ニュース・スポーツからエンターテイメント・バラエティなどのコンテンツそのものを指すこともあり、はたまた広告産業の3分の1の取引額を司る広告宣伝枠というテレビ側から見たときのビジネス要素のことを指す場合もあります。はたまた、特に報道・ジャーナリズムにおいて盛んな思想的側面をメディアの象徴とすることもあります。

この構造はメディアという言葉を理解する上においてはたいへんわかりやすい構成になっています。①端末、②ディストリビューション、③コンテンツ、④ビジネス、⑤思想。この構造を仮に各種のメディアと呼ばれるものに適用してみましょう。

例えば新聞の場合、①紙、②販売網、再販制度、③報道・解説・社説等、④購読料と広告、⑤従来型ジャーナリズム、 といったものになります。

と、ここまで書いたところで手が止まってしまいましたが、以下、今後ちゃんとこのテーマの思考を進めるために整理しきれていないプロットを下記。


新聞は知識のメディア
テレビは生活のメディア
ネットは文脈のメディア
ケータイはアイデンティティのメディア

テレビは1:Nのメディア
ネットはN:Nのメディア
ケータイはN:1のメディア
人は1:1のメディア


それぞれの端末に合致したバックヤード
コンテンツが報道であれエンタメであれコミュニケーションであれ、各端末全てにまかり通るフォーマットなどありえず、それぞれの端末・メディアの特性に合ったコンテンツのコンバートが必要。また、端末毎に最も合致するコンテンツタイプは異なるため、そのメディアが一個の文化として成り立つ過程においては、その端末類型ごとに相応の開発と投資が必要となる。

コミュニケーションはメディアにおけるコンテンツの一つであり、そこには双方向・文脈立脚であることに起因する価値が存する。洗練されきった「作られた世界」であるところの既存メディアコンテンツとは対局に立つもの。

インターネットメディアの主コンテンツはN:Nのコミュニケーションである。その能動性の高さから、1:N型の映像コンテンツとの親和性は極めて低い。

ケータイは人が他者との関わりを確認しながら自分の存在をアイデンティファイするためのメディア。つながっている感を常備することによって自己を同一視する。その意味ではPCインターネットにおけるSNSとの類似性は高く、その可視性・操作性の高さから時間・場所の制約なくPCの前に座っていられるときにはSNSの方が可用性は高い。

テレビという端末においてコミュニケーションというコンテンツが表現される方法は未だ未開発の領域と言えるが、その答えがテレビ電話・映像コミュニケーションを軸としたものである可能性の高さは自明。

テレビという端末の最大のコンピテンシーはすでに万人の生活の一部として許容されているという事実であるが、I/Oインターフェースとしてのリモコンの操作性の限界、及びすでに産業化されている領域であることが1:N型コンテンツ流通以外のコンシューマ価値の源泉が提供されることを拒んでいる。

とはいえ、既に新たなユーザインターフェースの受け入れを拒否するようになったいっちょあがりの壮年・高年層(特に団塊の世代を抱えて肥大化した層)に対して新たなコンテンツ価値の理解を促すためにはテレビという端末に頼らざるを得ない。が、硬直した彼らの思考に既存の放送広告ビジネスモデル以外のビジネスを成立させることは至難。

放送とネットメディアの融合という言葉の向こう側にあるものは決してコンテンツのマルチユースやIPインフラを介した多チャンネル放送の実現といったもので昇華されるものではなく、むしろテレビでみのもんたが勧めるコエンザイムについてネットで詳細情報や口コミを調べ、そこから何らかの決済手段や物流手段を介して理想のコエンザイムを手にするまでのフローと役割分担といったもの、及びその延長線上にあるものであり、その受動・能動のアクションをとるI/Oのインターフェースがよりユーザ利便性の高い状態で配置され、適切なシングルサインオン的なユーザビリティでほぼ障壁なく最終購買行動や知識拡充までのステップを踏める状態を作ることではないか。現在このレベルの実験例は枚挙にいとまがないものの、新たな価値創造を求めない既得権益構造がその普及を食い止めているものと捉えてよい。

このフローにおいてのケータイメディアの役割は、時間と場所の制約を取り除きかつ、ケータイメールという電話同等の必着性を持ちつつもタイムシフトを可能とするコミュニケーション手段の提供によって、バイラルの広がりやアクセス可能性を高める役割を担うことになろうか。

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2005年03月11日

ライブドアの仮処分申請認める

新株予約権、発行差し止めの仮処分決定 -読売新聞
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インターネット関連会社ライブドアが、ニッポン放送株を新たに取得できる権利(新株予約権)をフジテレビジョンに与えることの差し止めを求めた仮処分申請について、東京地裁は11日、差し止めを命じる仮処分決定をした。
 ニッポン放送は異議を申し立てる方針とみられ、その場合、同地裁が改めて差し止めの是非を判断することになる。
 異議審や、高裁、最高裁で取り消されない限り、ニッポン放送はフジテレビに新株予約権を与えることができない。ニッポン放送側は3月24日の発行予定日に向けて、裁判対策の練り直しを迫られそうだ。
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フジのTOB表明→ライブドアの時間外取引→フジのTOB条件変更→ライブドアの40%超え→フジへの新株予約権発行アナウンス→フジのTOB成功→新株予約権発行の差し止め仮処分認定 と来ました。もちろんニッポン放送取締役会は意義を申し立てるのでしょう。が。
これ以上の泥仕合はもう誰も見たいと思っていません。もうそろそろ本論に入っていただきたい。

「ライブドアの描くネット・放送融合メディアビジョンの明示と短・中・長期のニッポン放送事業収益への影響」
「ニッポン放送がフジサンケイグループに残ったときにいかなるビジョンとステークホルダー価値の向上があるのか」

論点は2点だけです。もう子供のシーソー遊びには興味ありません。

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2005年02月20日

サザエさんの視聴率と株価の関係

「サザエさん」の視聴率が上がると株式市場は低迷、大和総研がリポート -CNET

同社では、2003年から現在までの東証株価指数(TOPIX)の値動きとサザエさんの視聴率の推移を比較。グラフ化すると、視聴率のピークと株価市況の底などがきれいに一致することがわかった。

サザエさんが見られると景気が悪くなる、ということです。おもしろいですね。大和総研では「サザエさんを見ながら夕食をとるのは、休日に外出しないということで、景気の悪さと関連しているのでは」と分析しているということですが、かなり真実めいているように思います。詳細を分析すると、サザエさんの視聴率UPに伴って外食産業は業績が下がり食品流通業は上がる、という傾向なども見えそうです。

他にもテレビ番組の視聴率と社会動向の関係性はいろいろと見つかりそうですね。その関係性を上手く活用して社会問題の解決を誘導できるとよいな、などとふと思いました。週末の深夜番組を意図的につまらなくして視聴率が下がると少子化対策に効果が出たりとか。

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