2009年12月12日
草食系と肉食系
マイネット・ジャパンは草食系ですか?肉食系ですか?と問われたら、「なんでも食べます」と答えます。
IT業で草食系というとサービス開発主導で「ユーザーの喜ぶものを作っていれば収益はついてくる」という思想を持ち、創発性や調和を重んじるものづくりの会社という意味を持つと思います。
肉食系というと営業主導で、「利潤の追求と持続的な成長こそが社会への貢献になる」という思想を持ち、競争心や論理性を重んじる数字に強い会社という意味を持つと思います。
これらは文字にするだけならマイルドなものですが、実社会での草食系と肉食系はことごとく相容れないものです。文化の違いという話にもなりがちです。究極にはどちらにも理がある故にいっそうたちが悪いともいえます。
しかしながらこの二つの価値観が結合すれば極めて強い会社が出来上がると思います。そのためには個人がエゴを捨て、草食と肉食が互いをリスペクトすることだと思っています。
ものづくりの精神と商いの心を互いに尊敬し、共にお客の方を向いて仕事への誇りとこだわりを貫く集団。そんな会社で働くことで個人はより高次の働く喜びと成長が得られ、そんな会社のアウトプットはより高次の社会価値を生むと思うのです。
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2009年12月09日
「先生」という敬称
ITマンが使いがちな言葉に「先生」という敬称があります。より作り手寄りの人向けやそれ同士で使われることが多い言葉です。
「先生」というのは本来尊敬を含意するはずですが、ITマンの多くは畏敬尊敬よりは低い意味で、自分の知らないことを知っている他人に対する敬称として使うことが多いようです。要は深入りできない相手への他人行儀なプレイワードですね。
このような言葉が流通する背景として旧来の長期雇用慣行に基づく社員間の信頼関係が希薄化し、より表層の関係で仕事を進めることが当然視されるようになった20年ほどの歴史があり、その期間の中で勃興した産業であるIT業の中で許容された「他人同士で一定の仕事時間を過ごすこと」の言語化なのだろうと思います。
長くなるとアレなので言い切っておくと、私は「先生」という敬称で呼び合っている人を見るのは好きではない。本当の信頼関係を結ぶ気がないサインに見えるから。という話でした。
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2009年09月28日
起業と道の話
CA藤田社長のエントリがぐっときたのでアップ。公称アクセス数にクローラアクセスを含めていようといまいといい記事はいい記事なのです。
最近は起業すること自体は簡単になりましたが、成功するのは非常に難しく、もし運良く軌道に乗せられたとしても、その先、会社を継続的に続けていくことは更に困難です。
「メッキがはがれて、叩かれて、どん底から這い上がってこれたら本物の経営者になる可能性あるね」
という、その先輩起業家の言葉が胸に沁みました。
起業にまつわる美辞麗句を信じて起業するとケガをするかダークサイドに落ちます。とはいえ耳年増になり過ぎて自分を確率論の中に位置づけると起業なんか誰もしたくなくなります。企業は設立20年で99.7%が消えるとか、上場できる企業は1,500社に1社とか。それでも我こそは時代を作る・価値を生むぞと起業を志す人がいるというのはとても歓迎すべきことだと思います。
私は起業からほんの3年ちょいですのでまだ同時期の見知った起業家も過半数は同じ姿で生き残っていますが、反面まったく姿の見えなくなった方もこのクラッシュ以降特に散見されます。まだ自分自身がいつそちら側へ行ってしまうかわからないという危機感を絶えず持っています。
「メッキがはがれて、叩かれて、どん底から這い上がってこれたら」という言葉が何とも心にしみ込みます。自分はたぶんまだどん底を見れていないな、とか、もう作り物のメッキははがれてくれてるかな、とかいろいろ考えさせられます。もっとどん底をはいつくばらないと。
自分よりも長く起業の道を歩まれている方はそれだけで尊敬の対象だと、感じることの多い今日この頃です。
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2009年06月14日
大企業人の起業が嵌る3つの落とし穴
さっきふと気づきましたが、今日6月14日はマイネット・ジャパンという法人の生まれた日。マイネット・ジャパンは2006年7月1日の創業に先立って、2006年6月14日に法人登記をしました。
当時自分はNTTレゾナントの社員として引き継ぎ準備の最後の時間を送っていた時期。幸い周囲の人が起業に理解を示してくれていたため、想像していたほどには会社登記の手続きにそれほど大きな障壁はありませんでした。
このブログを読む人の中で起業を意識する企業人の方もいらっしゃるかと思います。今は時期的に景気動向的にも起業準備にたいへんよい時期だと思います。そんな方に私の小さな大企業出身起業の体験からお伝えできる「大企業人の起業が嵌る3つの落とし穴」を並べてみます。
1.退職前後のものごとを「損得」で決める
ありがちな「ボーナス出てから辞める」などに始まり、飲み会の誘いは「起業後役立ちそうかどうか」で峻別したり、起業してから自分の給料を無理に多くしたり人への払いを無理に少なくしたり。起業モードじゃない頭ならダメな理由は明快にわかることですね。エゴのための起業など長続きしない。
2.創業ご祝儀発注を実力と勘違いする
創業期は起業家や会社の勢いが周囲にいる人を巻き込み、応援の気持ちから元々の縁の方にお仕事をいただけたりします。これは他の起業家に聞いてもほぼ共通します。しかしこれはあくまでご祝儀です。勢いが緩む頃まで(2-3年)に本当の実力を付けていないと全て消えてなくなります。もちろん人間関係まで。
3.売上を前職に頼る
前職以上に相手の求めるものや金の出方がわかる相手はいない。そうなれば営業上、当然前職を上客と捉えて仕事を取りたくなります。相手も”他の業者と比較して”満足してくれたりします。そして気づくと売上比率の7割が前職関連。1人当り人件費は前職70%。体のいい下請(景気変動特約無)がまた一つ出来上がり。それがやりたかったんだっけ?
起業家が生み出す「起業」という麻薬は周りを巻き込み、支援者を巻き込み、そして自分自身を酔わせていきます。そして気づけば起業家自身が麻薬に巻かれて本来の思いを忘れ、起業自体が目的化していく。
理と縁の間に、自分なりの道を拓くのが起業というものだと思います。利に寄り過ぎず、縁を腐すことなく、真に自社の理念を社会に問う姿でありたいものです。
※追記: ご指摘をいただきました。幸い、マイネット・ジャパンは今のところ上記の落とし穴にはおよそ嵌っていないつもりでおります。嵌った場合の想定シーンは伝聞と想定に基づくフィクションですが、リアリスティックに捉えていただけるとこのエントリの主旨には合うと思います。
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2009年01月20日
Google社員の失望と期待値コントロール
TechCrunchの「Google社員が辞める理由」というエントリーを読んで感じたことを。
最大の不満の一つとして、他社と比較して薄給であることが挙げられており、福利厚生の減少がその懸念を増加させている。他には、官僚的すぎること、ずさんな経営、社内教育の貧弱さ、数ヵ月もかかる採用手続などに対する不満が多くみられた。
(中略)
従業員たちは約束の地に入ったと思いGoogleに入社したが、その殆どが失望したということだ。
上場前後には技術/事務を問わずインターネット業界で働く者の楽園のごとく語られたGoogleが、ほんの数年で「大企業病そのもの」と言わざるを得ない不満が退職社員から噴出する姿になっている。
この姿を見て「それ見たことか」という声も上がりそうだ。しかし相対的に見て、Googleという会社がそこで働く者にとって、崇高なビジョンと、やりがいのある仕事、極めて有能な同僚、奇抜な福利厚生や労務制度という特権を享受できる場であった事実はまがいないものだと思う。
理念: 世界中の情報を整理しつくす
仕事: 世界一のインターネットサービスの一端を担う
人: 世界最高レベルの能力者の集合体
特権: 20%ルール、無料の食堂、自由なオフィス空間
経営者として、もしこれだけの世界最高レベルな環境を社員に提供できたらどれだけ幸せだろうと思う(相対ではなく絶対では自分も絶えず最高のものを提供したいと思うが)。最近になってGoogle礼讃論はしぼんではいるものの、上記の環境要因自体はそれほど大きく毀損していないように映る。にも関わらず、退職社員から聞こえる言葉は引用の通り。
Googleの労務問題に関する現状を「ネガティブ」と定義したとして、その原因となっているのはおそらく提供されている労務施策・環境そのものではなくて「期待値コントロールの欠如」ではないかと思う。
社員は就業前にウェブ中に転がっているGoogleの採用マーケティングマテリアルを大量に摂取し、期待値を相当高めた状態で入社する。入社後に味わう環境が相対的に高いレベルのものであっても、事前の期待値があまりに高いために「がっかり感」を味わう。一度がっかりを味わうと人間アラばかり探したくなってしまう。会社への印象がネガティブ方向にスパイラルしてしまうのだ。
このことは、格違いの私たちのような会社でも学ぶところが大きい。Googleが壮大なスケールで教えてくれた就業前期待値の功罪を肝に銘じておきたい。
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2008年12月16日
選ばれるところまで作りこむ
東京オフィスの宇垣社長がいいことおっしゃったのでメモ。
この不況が100年に一度だろうと1000年に一度だろうと、僕たちの限りある人生は1年1年、1日1日が大切。こんな時代だからこそ選ばれるサービスを。いや、選ばれるまでサービスを作りこむしかない。
強く共感。選ばれるところまで作りこむ。
近江商人の訓で言えば「無理に売るな、客の好むものも売るな、客のためになるものを売れ」の職人版とでも言いましょうか。
誰とやるかと何をやるかは延々と巡り続ける2大経営課題だと思う。要は「組織」と「戦略」。個人的には「戦略は組織に従う」が考えの根底にあるからラインとしては最初にバスに乗る人論の側だけど、特に集中選択を進めて火の玉になっている今の有り様としては「選んでいただけるまで愚直に作りこむ」という時期。プロダクトもサービスの仕組みも事業の仕組みも。
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2008年12月09日
経営課題の8つの箱
高須賀さんの経営課題の8つの箱の話が胸にぶっ刺さったのでメモ。
経営課題の仕分けを - Toru Takasuka の起業・経営
会社の将来を占う、重要性があって緊急性が無くてリターンを求む箱に入っている課題をみて、それに期待が持てればそれで良いけれど、その箱に入った内容がイタい時には、経営者をかえるか、その会社を辞めた方がいいかもね。
起業家・経営者として強く尊敬する高須賀さんのおっしゃる言葉はいつも胸に響きます。「辞めた方がいい会社」「経営者辞めた方がいい」状態にならないよう、理に適い情を尽くすだけでなく、経営者だからこそ持つべき視点と課題認識をいつも自分に課していたいと思います。
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2008年10月20日
最大の旧体制は自分の中にある
松本大さんがいいこと仰ったのでメモメモ。
「最大の旧体制は自分の中にある」--マネックス証券松本氏:特集 - CNET Japan
「もともとは上のほうにいる人も、ブレーキ屋だったわけではない。ただ、組織を管理している間に、だんだんブレーキをかける立場になっていた」と話し、組織をまとめようとするあまりにチャレンジできなくなる危険性を指摘した。
自戒を込めて、強く共感。
自分はベンチャー立ち上げの最中にあるので「旧来」的な発想、前例主義とか官僚主義とか縦割組織とかいったものは排除されるように進めている。絶えず意識していることとして、例えベンチャーであってもこいつらがある日突然憑依してくる、かつ自覚症状がない魔物のようなものだということ。
反面、時にそれらのエッセンスが効率面でプラスに働くことがあることも認識している。エッセンスとは前例⇒成功モデル、官僚⇒標準化、縦割⇒役割分化、といった正の側面が正常に働く場合のこと。要は「旧来」と「定理」は表裏一体だ、と。
こういう考え方はたぶん大企業で時間を過ごしたことの功罪だとは思う。経営上の物事に固有価値の優先順位をつけたときに、価値高いものをより創造的に、低いものをより経験・引用的に進めることが身に染みついている面が功。創造力のレバレッジ効果とでも言おうか。それでも、今の規模と領域で物事を進めるときにより創造的であるべきところを見落とす可能性があることが罪。
そんな中この功罪の罪の面が顔を出さないように絶えず自分に問うているのが、「それは理に適っているか?」という問い。そして相手(部下ら)に「これは定理」と伝える上においては、特に注意深く「より高次に創造性を発揮するために、ここは定理に則ろう」「これが定理だとする訳はA=B、B=C、故にA=C」というように、創造性の担保と論理的解説を心がけている。
が、しかし、その上で、「最大の旧体制は自分の中にある」と自戒してそのコミュニケーションをとり続けていないと、ともすると本当に旧体制になってしまうメタ構造を理解しておきたい。とか言ってるブログの文章が官僚文書級に意味不明になってる罠。
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2008年09月07日
『詰める』という対話
私は人と本気で対峙するときに「詰める」という対話をよくします。相手が瞬間的にはそれであまりいい気持ちにならないことは理解しながらも。それは私の相手に対する「愛」と「敬意」の表現です。
「詰める」というのは、到達点を共有した上でひたすら論理的に突き詰める対話のこと。「なぜ」と「どうしたい」の続く禅問答のようなものです。
私がこれを教えてもらったのは少年剣道の頃か、高校剣道の頃か、もしくは、体得した時期があったとすればそれはNTTで映像配信事業立ち上げに携わったときのことだと思います。教えてくれた方の名は瀬端次郎さんと言います。
私の他に同じ瀬端道場で「詰め」を味わった面々が、現ミクシィのサービス企画部長・原田明典氏、現シリウステクノロジーズ執行役員・三好雅士氏、現ガーコ代表取締役・淵上英敏氏ら。今は散り散りになりながらも各自の生むべき価値を世の中に生み出しています。
「詰める」というのは他ではどのように表現されているか知りませんが、おそらく様々な場、特に人が成長する場では必ず行われている対話だと思います。
私はこの「詰める」というのが例え表面上敬遠されることのある方法だとしても、これが「価値を生む人を育てる」対話であると信じてやり続けていくだろうと思います。
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2008年08月20日
いいことばメモ -顧客と接する15秒こそが経営の真価
大西宏さんがいいこと言った!
顧客と接する15秒こそが経営の真価を問われる「真実の瞬間」である
大西 宏のマーケティング・エッセンス:トヨタの不振は円高が原因でなく戦略転換の遅れだと強調しておきます - livedoor Blog(ブログ)
郵政民営化されるかもしれないという危機感が高まっていたころに、突然サービスが向上し、これはいいことだと思っていたら、民営化が決定したとたんに、手のひらを返したように担当者の態度が悪化する一方となりました。経営の質が悪いということを象徴している現象としか思えません。顧客と接する15秒こそが経営の真価を問われる「真実の瞬間」であることを、日本郵便は学び直すべきでしょう。
マーケティングブロガーのドン・大西先生の少し前のエントリーより。
企業経営の究極のアウトプットは価値創造であり、その最大の価値享受者は顧客である。経営をやっていると様々なステイクホルダーの利益やバリューチェーンの部分最適や、ストラテジーやらテクノロジーやらのカタカナ麗句に苛まれる。「苛まれる」などと言うと明らかに語弊はあるしそれらそれぞれが大切な要素でありそれらの組み立て・建付けが経営活動の基盤となるわけだが、それでも経営の本質が 顧客・価値・創造 であることを忘れてはならない。
その本質を肝に銘じる上で、人であれサービス・プロダクトであれが顧客と接するその「15秒」の瞬間を大切にしていきたい。していこう。
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2008年07月17日
研究開発部門のマネジメント雑感とサイボウズ新卒さん
昨日、サイボウズ・ラボの畑社長、奥さん、山口さんとお会いしていた。オンでちょっとしたアイデアミーティングのようなことをしたのだけど、やっぱり技術ベースでの発想がどんどん出てきて素敵だな、と感じた。
その後ランチをご一緒して、そこでは畑さんにサイボウズの創業頃のお話を伺ったり、事業会社における研究開発部門マネジメントのお話などをした。
サイボウズ・ラボさんは立ち上がってほんの数年でサイボウズ社の技術面でのブランディングに大きく貢献していることは言うまでもないと思うし、おそらく採用面でも大きな効果を発揮していると思う。もちろんR&D機関としても本体への貢献をなさっている。
個人的にはNTTという研究予算に年間数千億円の投資を行う会社の出身ということもあって、研究開発部門のマネジメントの大変さを聞きかじり程度には認識しているつもり。最大のポイントは「研究開発が生み出す価値を現在価値に置き換えて貨幣換算することの困難さ」だと思っている。
例えば、失われた10年で国内電機メーカーの研究開発の方々が味わったこととして、事業業績悪化の折に研究開発予算がざっくりと削られるという事態がある。研究開発現場からすれば「あと少しでとてつもない価値が生まれていたのに」という声がそこここで挙がったことは想像に難くない。実際、その予算削減が企業全体として取り返しのつかない判断となった事案もあったことだろう。
そのようなときに事業側と研究開発側が「価値」を理解し合う明快なプロトコルを持っていたとしたら、不幸な事態は回避しやすくなると思う。それが必ずしも貨幣換算そのものでなくとも、事業におけるKPIにあたる指標が研究開発部門においても置かれてるべきではないか、という仮説を私は持っている。「目利きのできる人が事業側にいればいい」は再現性・説明責任が担保できないので、運用上は「指標と目利きのハイブリッド」となるのだが、いずれにしても定量指標は欠かせないと思う。
しかし「定量指標で管理されること」を忌み嫌い、そのような視点でのマネジメントが存在していること自体でモチベーションを低下させる研究者も多いと思うし、実際そのせいでパフォーマンス/アウトプットが下がってしまうこともあるだろう。だから研究開発マネジメントはその責任者のマネジメントスキルが重く問われるところになる思う。
サイボウズラボさんの場合はそこがうまく機能して現在のプレゼンスを発揮していらっしゃるものと思うので、それを実現している畑社長には今後もぜひ学ばせていただきたいと思います。
あと全然別の話ですが、先ほどマイネット・ジャパンのオフィスにサイボウズ社の新卒社員さんが飛び込み営業でいらっしゃいました。
最近マイネットは席替えをして上原は受付に近い島に移っていて、その新卒社員さんがいらしたときに私がたまたま受付電話を取ってご対応させていただきました。その新卒社員さんもそろそろ飛び込みにも慣れてきているのか、素敵な笑顔を絶やさずに1stタッチとしてはとても好印象を残していかれました。サイボウズさんはさすがいい採用育成をしていらっしゃるな、と実感。
サイボウズ新卒の田畑さん、これからも素敵な笑顔でがんばってくださいね!
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2008年06月30日
ベンチャー企業の資金調達 現場の生の声
isologueの磯崎哲也さん(ミクシィの監査役などを勤める、初代アルファブロガー)と池田信夫さん(ツッコミどころ多くてよく燃える経済学者ブロガー)のやりとりがおもしろかったのでログ。起業を意識している人向けです。
「ベンチャー企業の資金調達」というテーマで私個人はモロ当事者なお話なのですが、結論としてはおそらく住んでいる世界が近いからか磯崎さんのおっしゃる考え方がしっくりきました。いろんな面で。
isologue - by 磯崎哲也事務所: 「ベンチャー企業」のための資金調達入門
「収益の見通しがいい加減だと貸してくれない」のも当然。VCに株式で投資してもらうにしても、「マーケットがこれくらいのサイズで、当社の製品はこのくらいシェアを取れる」といった詳細な事業計画を作ってプレゼンしないと、日本はもちろんシリコンバレーでも投資してもらえるわけがない。
当然中の当然です。神話のように語られる「夢を語ったら翌朝1億円振り込まれてた」みたいな話は寓話ですよ寓話(8年前はほんとにあったのかも知れませんが)。ビジョンと数字とチームとプレゼンとトラックレコードの5つのディメンジョンくらいでは見てもらっていないとむしろそんなお金怖くてお預かりできません。ただし体感上のことで言うと、「事業計画のプレゼン」なるものは大企業で官僚的な上司が納得する説明資料を作ってプレゼンをやり続けている人なら、まず大丈夫と思います。そう大差ありません。
なにせ日本ではstartupする人の数も少ないし、創業時から全世界市場を視野に入れている米国のベンチャー企業と、言語の壁で日本マーケットのみをターゲットにしていることが多い日本企業との違いなど、そういう投資対象の供給がないことのほうが原因だと思います。
この手の指摘はいつもざっくり胸に刺さりますね。でも、頭に描いてるベンチマークがGoogleでもミクシィでもなく松下やトヨタな場合には、StartUp当初のリスクの高低と現在価値とは直結しなくなると思うので、その辺りも踏まえてもらえるとうれしいものです。とは言え創業者の英語力は価額に反映していいくらい将来に渡り重要とも思いますね。
「投資」を受けている企業は(VC本体投資とファンドが完全に重複しているとして少なめに見積もっても)8000社程度もあるわけで、それらの会社に1社平均1億円ものお金が流れているわけです。 池田さんが、「それなりの企業に育ったのは、楽天ぐらい」とおっしゃるにもかかわらず、8000社もの企業にお金を供給するというのは、「いい加減さ」としては十分じゃないでしょうか。
これがどこのバックデータに基づくものかは存じませんが、体感値としても合っていますね。投資を受ける会社1社当りに1億円で、「いい加減さ」としては十分、と。ほんとそう思いますよ。ある場所で見知らぬ若僧が「適当なこと語ってVCから5,000万ほど分捕るのが一番おいしいんだよ」とか言ってるのを見たことがあります。ぶん殴ってやろうかと思いましたが、その価値もない面してたのでやめときました。なにぶん「いい加減さ」の悪い方の例です。
「選ばれたごく一部のエリートにのみ起業のチャンスがある」のがアメリカだとすると、有名でない大学卒だったり大学出ていなかったり、生まれて初めて事業をやる場合ですら投資をしてくれるVCさんがたくさんいるのが日本で、これほど万人にあまねく起業のチャンスがある国はないんじゃないかとも思います。 もっと「起業に賭けてみよう」というイケてる人がたくさん現れる社会になることを切実に望みます。
同意ですね。最近ネットベンチャー界隈にも東大出身者やMBA取得者が増えている事実はありますが、今の国内ベンチャー領域には「学歴偏重はよくない」という社会の風潮をそのまま反映しているところが結構あると思います。またシリアルアントレプレナーも増えてきてはいるものの希少種ですので、起業暦を問われることもそうありません。日本の、特にネット界隈は起業のチャンスがシリコンバレーよりも大きい/垣根が低いと思います。
ただし、財務戦略を過って、リスクがある事業なのに借入で資金調達したり、個人保証したりしたら、個人破産とか一家離散が待ってるかも知れませんので、ちゃんと財務がわかる人に相談したほうがいいと思いますよ。
財務に詳しい方が常勤でなくとも一人はそばにいてくれるといい、というのは私も実感しています。自分なりに企業ファイナンスの勉強も少しはしたつもりでいましたが実情はまた別。教科書に書いていること半分、書いていないこと半分、という印象。ちょうさんがいてくれなかったら今頃どうなっていたことか、と思います。特に「なぜIPO前に借金漬けになる社長たちが多いのか」を理解するのには時間がかかりました。
起業は今や日本でも、多くの人が考えるほどリスクのあるものではなくなってます。
自分が「死んでもいい」と思えるような理念・ビジョン・事業プランを持てたのであれば、殉職以外に起業のリスクはほんとに小さくなっていると思います。財務や生活の不安だけを理由に踏み出せない方がいるなら、そこは意外に気にしないでいいところかも知れません。一歩、踏み出してみては?
あ、ただしたった今はとても市況よくないです。VCさんが'00頃に組んだファンドが軒並み償還時期を迎えて、今は回収の方にパワーがかかっている時期のようです(一般論です。直接どこかのVCに聞いた言葉ではありません)。もちろんそれだけが理由じゃないと思いますが。
でも日本国内の直接金融の広がりが後戻りすることは不可能ですし、VCというもの自体が日本でも全うな金融の一ジャンルとして成立しつつありますので「波」はまた戻ってきます。今からプラン組んで準備して、'09年春夏辺りを目掛けてみるといいかも知れませんね。そんな野心を持っている方がいたらぜひご連絡ください。ランチでも行きましょう。
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2008年06月09日
どこでもドア作らな と再認識した -IVS 2008 Spring
6月5日・6日に札幌で開催されたInfinity Ventures Summit (IVS) 2008 Spring に参加してきました。セッションの内容はCNET岩本記者が孤軍奮闘していらっしゃる下のまとめ記事で。
国内外ベンチャーの無限の可能性探る--「Infinity Ventures Summit 2008 Spring」開催 - CNET Japan
今回はこのイベントが「NILS」だったときから数えて4回目の参加だったのだけど、参加者の質もまた以前とは変わって、フラットな空気、親しみやすい雰囲気が出ていたような気がします。以前はどうしても「今をときめくネットベンチャーだぜへへん」な空気(アブラっぽい空気)がにじみ出ていたのですが、ネットベンチャーもいい意味で敷居の低い普通な存在(水性絵の具っぽい感じ)になってきたような気がしますし、ね。
これまでのこの会は、主催側から「会の内容をブログに書いちゃだめ」というアナウンスがあり、そのこともそのアブラっぽさを引き立たせていたのですが、今回は会のしおりの中でわざわざ下線を引いて「ブログに書いてもいいですよ、むしろ書いて!」みたいなことが書かれていました。大きな変化ですね。
そもそもタコツボは違えど「ブログのおかげ」組の一人(と私は認識している)小林雅さんが顔になっているイベントなんだし、落ち着くべき姿に落ち着いた、というところでしょうか。
今回感じたことを3つ挙げるとするとこのあたり。
1.国内ウェブ/モバイル業界は明らかに停滞しているがそろそろ折り返し地点も近づいてる
みんな何だか景気悪そー。もちろん全員が全員というわけじゃないけど、人が集まると空気/熱量で景気を感じ取ることができます。日本経済マクロと歩調が合ってきたということでもあるのだろうけど、そろそろ折り返し地点も近づいているような感覚を持つ。理由は極めて感覚的なものだけど「底打った感」かな。理由になってない(笑)
2.英語大事
今回はセッション登壇者だけでなく、会場側も国際色豊かになっていました。英語で質問する日本人の方も増えて。1年半前くらいのNILSでは突然質問を英語で語り始めた人がいたら周りは眼をパチクリさせていたものだった。そのときのことを思うと隔世の感。最近のネットベンチャーで「グローバル」というのをまったく意識していないとこは少ないと思うけど、その空気を作ってきたのはNILS→IVSの一番の功績じゃないかな、と改めて感じました。
ちなみにマイネット・ジャパンも当初からグローバルを意識してます。個人的に「グローバル化」の定義は「現地化する価値提供」だと思っています。メニューや説明を多国語対応することでも、とりあえず他の国で商売することでもない。本気で「現地化」しに行くつもりでやらないとそれぞれの国の方に失礼だと思っています。なので、やるときには「マイネット・コリア」とか「マイネット・ブラジル」とかでやるつもりです。
ただし、他民族・他言語の方々と身近に触れ合う機会を多くするのはグローバル化以前に大切なことだと思う。価値観の相違認識をすることが視野を広げてくれる。その触れ合う機会を作るためにも、やっぱり英語大事。US留学から12年ほどさびつかせている英語力を磨きなおそうかな、と思ったりしています。
3.企業の存在意義は株主価値の最大化 ではなく、理念の実践でしょ
最終のセッションで各国企業のCEOが壇上で「そもそも企業とは」あたりで話していて、「企業のミッションは株主価値の最大化」というタイプのお話をしていた。それはそれで単一事業イグジット型の人にはそうなのかもしれないな、とも思ったけど、やっぱり自分には肌に合わないな、と思った。
企業の存在意義は株主価値の最大化でも永続そのものでもない。誤解を恐れず言えばステイクホルダー全体の価値最大化でもない。 理念の実践だ。 他のことはすべて過程であり方法だ。そうでなければ他の誰かがやったっていい。 私はそう考えている。そのことを再認識できた。
総論、今回もとても行ってよかった会でした。主催の小林さん、小野さん、田中さん、運営の皆さん、どうもありがとうございました!
さ、どこでもドア作ろ。
--
※申告を受け、文中の文言と固有名詞を訂正しました。(08-06-15 17:25)
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2008年04月06日
三十路妻子持ち起業家にエール
今日はクサいことを書くよ。クサい話が好きじゃない人はすぐにブラウザの戻るボタンを押してね。
先日、10年来の友人が起業しました。彼の起業初日のランチをご一緒させてもらいました。「起業後最初のランチ」という大事な時間を自分とともに過ごしてくれたということをとてもうれしく感じながら。
いろいろと話した後で、ふと自分が先日アフラックの大竹会長にお会いしに行ったときに自分が聞きたかったことを、自分に照らしてみたらどうだろう、と思った。「創業期にやっていてよかったこと」。自分なりに心を平たくして考えてみて、「ああ、これだな」と思えたものがあった。
今の時点で自分も創業途上だし、成功とか何とかとはまだかけ離れたところにいるのだけど、「三十路妻子持ち関西人」という共通点を持つ彼には伝わるかな、と思いそのまま口にしてみた。
「ヨメさんに『ありがとう』『きれいだよ』『あいしてる』を毎日伝え続ける」
たぶんこれはやっていてよかったし、これからも続けていきたいと思っていることだ。その友人も起業の時点で妻子のある身。奥さんと子供に対する感謝の思いは誰にも負けないと言う。その彼でも一つ目は言えても、二つ目・三つ目はなかなか言ってないという。そりゃまあそうよね、はずかしいし(^^;
でもこれを伝え続けていると、物心両面いい効き目がある。仕事の面でもいいバロメーターになる。
「ありがとう」という感謝の言葉を言えるには、自分よりも相手のことに目が向いてないといけない。一番大切な人にありがとうを素直にいえないくらいに周りが見えていないときは、お客様や仕事相手にも当然いいありがとうを言えていない。いいありがとうが言えない仕事の仕方では、その仕事は決して長続きしない。
「きれいだよ」というのは”ほめ”の言葉だ。”ほめ”というのは、正直ちょっと言いすぎかな、くらいがちょうどいい。ほめられてうれしくない人はいないし、人をほめていると自分も気持ちが上がってくる。でも、そんないい”ほめ”は心の余裕のないときには出てこない。いつも心の余裕を保っていられるように、自分を律していなくてはならない。
「あいしてるよ」というのは大切なものを大切だと伝えるための言葉だ。これを恥ずかしがらずに口にできるうちは、自分がまだ正直な心を保っているのを確認できる。これが言えるうちは、言葉であれ態度であれ、大事な社員や仲間に「おれはあなたが大事だ」というのを伝えることができる。正直な心で人と向き合うことができる。
もっともらしく並べてみたけど、まあ一番の効果は家庭円満でいけるってことです、はい。
大ちゃん、がんばってね。応援してるよ!
リンク:株式会社シェフィーロ
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2008年02月18日
「普通」も「変」も自分の意志でなければ
Life is beautiful中島さんのエントリーを読んで、本題への批判とかではなくあくまで細かいとこへの自分の考えを書き留め。
Life is beautiful: 「へんな会社」と「出るクギを打つ」社会の話
この手の発言こそが、まさに「出るクギを打とうとする」行動。近藤さんに関してはそんな心配をする必要は全くないが、他の若い人たちが「やっぱり『普通の会社のやり方』をちゃんと勉強しなきゃ」などと誤解してはいけないと思い一言。
個人的には、自分が経営者やキャリアチェンジの当事者じゃないうちは普通であれ変であれ学んでみようとするのはいいことだと思っています。これは「普通」も「変」も自分の主観以外の方式として成立している既存フレームワークの一つであって、自分の視野や思考を耕す意味では役立つものになりうると思うからです。「なりうる」というのは優先順位上排除すべき場合もあるからであって、摂取すると決めて学んだ以上はなんらかの形で役立つものだと思います。
ただし、自らのキャリアチェンジや経営意思決定といった重要な判断事項の前では、その選択は研ぎ澄まし切った自分自身の意志(すなわち主観)で下すものだと思います。その判断がよりよい結果を生むために、日々直感を磨いたり(右脳)、既存フレームワークを学んでロジカルな思考力(左脳)を身につけることをし続けなくてはならない。
「普通」も「変」も既定の概念、人のもの。経営にせよキャリアにせよ「普通」とか「変」とかありきで意思決定するのって本末転倒な気がするのです。
なおエントリーの最後の方に書かれているベンチャー就職とベンチャー経営者についての記述には同意ですね。私もがんばります。
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2008年01月15日
企業の生存率
ディマージシェア大内社長がブログエントリーで企業の生存率の数字を引用していらっしゃった。メモ。
トップマネジメントチーム - CNET Venture View
国税庁(2005年)によれば日本の全法人数約255万社の内、
設立5年で約85%の企業が消え、
10年以上存続出来る企業は、6.3%
設立20年続く会社は0.3%
20年で1000分の3、と。挑戦欲が掻き立てられる数字ですね。マイネット・ジャパンは100年の会社を標榜していますが、10000分の1くらいになるのでしょうね。
そして、エントリー内でおっしゃっていることも納得。10年を生き抜いていらした重みがあります。
事業全体を見れる能力を持ち合わせている メンバーを揃えるということ。且つ、そのメンバーは人格者であり、メンバー間の相性や価値観の共有も必要。 こういった「トップマネジメントチーム」をベンチャー企業で作り上げるのは至難の業。ある意味、経営トップとして一番必要とされる能力かも知れません。
私も肝に銘じて、自己成長・チーム作りを進めたいと思います。
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2008年01月13日
起業における10の都市伝説の反証
Dankogaiさんの上げられた起業に関する都市伝説のリストがたいへん面白い。
404 Blog Not Found:惰訳 - 起業における神話トップ10
合州国のことではあるのだけど、日本でも共通してることがあまりに多いので。
あんまり面白かったので、起業から1年半を経た近江商人が自らの状況を可能な限り赤裸々にしつつ、反証を行ってみたいと思います。
1. 起業には大金が必要
『NO』
上原仁個人が創業時に準備できた資金は約400万円でした。'07.3月の増資前に最もキャッシュのやばかったときが100万円切りくらいでしたので、
典型的な起業には、$25,000程度しか必要ありません。
この数字、かなり正確ですね。私の場合は創業してすぐに仲間たちの手持ち金も合わせていったのでその点は特殊かもしれませんが、起業しようとするときの最低個人資金は300-400万円くらいと見ておくのが正解なのではないでしょうか。
2. ベンチャーキャピタリスト(VC)は起業の資金調達手段として適切
『N/A』
私の場合は業種がインターネット関連で、創業9ヶ月目にリクルートさんと住友商事さんのいずれも金融部門(≒VC部門)に資本を入れていただいています。出ている数字で言うと、業種は81%のマジョリティ側ながら、起業段階(創業1年以内)で投資を受けた25%のマイノリティということになります。とは言え、上記2社との接触はいずれも創業以後。起業してからの話でしたよ。
3.エンジェル投資家のほとんどは富豪である
『NO』
私の場合、ミクシィ代表の笠原さん・AMN現取締役の徳力さん・もう1名の計3名に、創業当初に個人出資をいただいています。比率は微少な%で簿価(ex:額面1万円の株を1万円で買ってもらった)です。2006年7月の当時、ミクシィは上場前ですので「金融資産100万ドル以上、年収20万ドル以上」には笠原さんも当たってなかったと思います。徳力さんももう1名の方も当時サラリーマンでしたのでまったくもって富豪ではありませんでした。
4.借り入れでは起業できない
『NO』
マイネット・ジャパンの資本内訳は現状で6,200万円の資本金・資本準備金と、1,000万円の国民生活金融公庫からの借入金(どちらも調べる人が調べたらわかるので公開)となっているので、86%が出資・14%が借入です。起業時から公庫融資を受けていたわけではありませんが、周囲の起業した友人からは「起業するなら何はともあれ公庫融資は使っておき」と言われていました。ここまでの感覚上、たぶんそれは正解です。
5.銀行が起業段階で貸すことはない
『N/A』
これはどうでしょう。日本では「銀行」の方々はまだまだ担保ありきの融資が基本でますので、難しいことは確かだと思います。少なくとも創業期に銀行から融資を受けようと思うと信用保証協会の保証は必須と考えておくのがよいと思います。また、銀行の前に公庫に相談するが吉です。「起業環境が整っていない」と言われる日本ですが、「スモールビジネスを起こす」上では国民生活金融公庫の存在によってUS以上の最強の起業環境になっていると思います。
6. 起業家の多くは見通しが明るい産業で起業する
『YES』
私の場合は、ですね。インターネット産業の見通しは100年明るいと信じられたのでこの業界で起業しました。
7.起業後の成長を決めるのは、起業家の才覚であって起業先の産業ではない
『NO』
これはミクロ視点でも感じます。成長産業にいることでビジネスチャンスも人材流動も社会のアテンション量も多く、成長機会を得ることが多いです。たとえものすごい才覚があっても、成長機会がなければ成長しません。
8.起業家のほとんどは金銭的にみて成功者である
『NO』
私の2007年所得(昨年)は2005年所得(NTT時代)の4分の3です。
ここは驚く人が多いのでしょうね。一度実際に試算してみられるといいと思います。私の場合、3年前本気で起業する気になって、想定売上と家賃・通信費・設備費・人件費などなどを試算してみたときに、自分(社長)の給与収入が大企業サラリーマン時代の収入を上回るには売上3億・社員一人当売上1,200万円以上まで行かないと無理、と悟りました。
9.起業の多くは投資家の満足がいく成長をとげている
『NO』
合州国において毎年起業される59万もの会社のうち、6年以内に年商1億ドルに達するのはわずか200社。年商5千万ドルだと500社。年商500万ドルでさえ、6年間で到達できるのは9,500社にすぎません。
いやー「6年で5000万ドル」とかってDeNA級なわけで。目指していきたいですねー。
10. 起業は楽である
『NO(笑)』
そんなこと思っている人いるんですか?(笑)
ほとんどの人は、起業までたどりつくことにすら失敗しています。
いや、ほんとそうだと思います。ここ10年で「将来起業する」と本気で言っている人に100人以上会ってると思うけど、現時点で本当に起業できているのって10人くらい。
---
書く前から予想はしてたけど、何だか身もフタもない内容になってしまったな。だからみんな起業済みの人はこういった現実のことを明文化しないんだろうな。後に続く人が出てくれなさそうな気になってきますね。
でもね、明確に言えることが一つありますよ。
『起業は楽しい』
「楽しい」と言っても遊びで楽しいとかとは異なりますが、やっぱり毎日ひたすら感じる「えも言われぬ充実感」はかけがえがないですね。楽しくて仕方ない。もしもう一度1年半前に戻れたとしても、やっぱり120%起業していると思う。
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2007年11月19日
サイバーエージェントの役員交替制
トップが20代や30代前半な企業が絶えず内包しているリスクとして、10~20年後にそのトップが40代・50代になるときのことが想定されていない、というのがあると思っている。
否、実際は明日をも知れず走り続けるベンチャー企業でそんなことを考えている暇はない、というのが本当なのだが、ふと俯瞰してみたときには、マネジメントチームの固定化、社内の年齢人口ピラミッドのいびつ化、ベンチャーなのに若手が夢を見れない、といった問題点が表出している会社は結構あるように思う。
ベンチャー経営はおおまかに、成長→マネジメントチームの形成→安定成長軌道→経営陣の固定化→社員のモラールダウン→組織の硬直化→フツウの会社へ というステップを踏むものだと思うけれどこのうちの「経営陣の固定化」に早くからメスを入れようとするのは、その先の悪循環を生まないためにとても重要なことだと思う。
そんな中、今回の役員会では大事な決断をしました。
(1)役員会の人数は最大8名までとする。
(2)役員は2年に一度、原則2名が入れ替わる。
CAの藤田社長のブログを拝見していたらこんな話が出ていて、さすがだなぁ、と感じました。私なんかはまだまだこのレベルの経営施策を打つような段にはまったくいないのですが、将来のいいお手本になります。
あと、こちらの考え方もいいですね。
ただ選抜するメンバーは、社内の力比べではなく、あくまでチームバランス。
最も優秀な人8名が役員になるわけではありません。交代する役員も、退任や降格といったネガティブさが漂う雰囲気にはしたくない。あくまでその時の構成を考えた上での交代で、そして何度も再任されるのも普通、といった感じにしたい。
経営チームも事業チームと同じ一つのビジネスユニット。経営チームに限らず、一つのビジネスユニットを構成する上で必要なのは何よりチームバランス、ですね。
藤田社長のブログ最近あまり見ていなかったのですが、また読ませていただきます。
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2007年09月24日
経営者はいなくなるために存在する
Life is Beautifulの中島さんの記事に共感したので反応エントリー。
Life is beautiful: ジョブズの本当の偉大さは彼が引退してから分かる
最終的には、「ジョブズが本当に偉大なCEOであれば、(ジャック・ウェルチのように)彼がいなくなっても引き続きすばらしいデバイスを作り続けることができる組織を作ってから引退するはず」という結論で決着。
プロデューサーと経営者が持つべき能力は異なるものだ。名選手名監督にあらずという言葉もある。プロデューサーは現役中にいかに自らの世界観をプロダクトやサービスを通じて世に問うていくかに長けた人。その人の価値は現役中においてこそ計ることができる。
経営者は現役中は人の仕事・人の居場所をどんどんと作って行って、自分の仕事や居場所をどんどんと失わせていくのが仕事。そして、その経営者本人が引退したときに彼の作った仕事・場所・人によって構成されている企業組織が、彼がいなくても(彼がいないからこそ)うまく回転するようにしていく人。その人の価値は引退後においてこそ計ることができる。
経営者はそこにいなくなるために存在しているのだ。
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2007年09月03日
大企業とベンチャー企業を隔てる3つのポイント
最近になって、前職(NTT)関連の方からウェブビジネスや起業についての相談やセミナーの依頼を受けることが多くなってきた。これを言うと嫌う人もいるかも知れないが、私自身は未だにNTTという企業を(功罪あれど)本当にいい会社だと思っているし、今もNTTで働くNTT時代の仲間たち・後輩たちに一つでも自分が役立てることがあれば、と思ってできる限りの貢献(恩返しとも言う)はしようとしている。
NTTという会社は、社外に出てみると本当に素晴らしい人材に恵まれ、良くも悪くも総・人・労・財の圧倒的な強さと、とてつもない規模の研究開発リソース、積み上げ型の理想的なビジネスモデルと設備リソース、全国くまなく張り巡らされた販売チャネル・保守チャネル、計算しつくされた労使共存モデルなどなど、挙げていくと本当にきりがないくらいに完成された企業である。そして言わずもがな激しい大企業病に苛まれながら、重い足を引きずって生存と進化のための活動を続けている集団である。
私の会社はNTTで言えば一つの課から小さな部門程度の規模であり、彼らの感覚でいけばそれ単体で企画・生産・販売・保守・総務といった一連の企業活動をその人数でまわしていること、しかもその規模でいくつものサービス・プロダクトをまわしているということは不思議に映るものと思うが、ベンチャーの世界ではその規模感・スピード感でことを進めていかないと話にならないのは、こちら側にいる人々からは当然のことだったりする。
そんな異なる世界観の両方に軸足を置いてみた人間として、その差を作っているものを三つ挙げるとすると、以下のようになる。
1.ビジネスのライフサイクル
ベンチャーというのは、概して短期サイクルのビジネスで勝負している。今をときめくブログやSNSでも、ほんの3年前には一般社会では箸にも棒にもかからない存在であった。ブログなどのように社会的にクリティカルマスを越えて認知・普及するビジネス領域であればまだよいが、多くのビジネスはキャズムを越えることなく生まれては消えていくことが普通である。
そんなニッチなビジネスチャンスを収益化し、市場化していく活動に3年4年の投資期間をかけていては、すぐにキャッシュショートを起こしてクビを括ることになる。そうなると、当然絞り尽くした小規模のマーケットに対して一気にリソースを投下し、短期で回収してまた次の少し大きなマーケットへ、というサイクルを繰り返すことになる。
大企業というはそのサイクルと規模の雪だるま作りを既に長期間をかけて繰り返し終えた状態にあるので、スピード感が異なるのは当然ということになる。そこに加えてNTTという企業は国営の下で5兆円規模のビジネススケールまで育まれた上で市場に放出された事業者なので、そのビジネスのライフサイクルを企業文化として蓄積していないことから、そんな雪だるま作りの感覚が実感しにくい、という側面もあると感じている。
2.社外に対する発言権
大企業にいると、「自分が会社の看板を背負う」という機会を与えられる人の比率が低くなってしまう。球体の体積は大きくなっても表面積は比例して大きくなるわけではない、という比喩が合うだろうか。大企業の構成メンバーは社内の人間とコミュニケーションをとる時間の方がほとんどになり(それは、多くの人間が付加価値をつけてからマーケットに価値を産み落としているということでもあるのだが)、社外の人間に全体性を持って企業間コミュニケーションを行う機会が極めて少ない。これが結果的にはスピードを落とすことにつながっていると私は考えている。
ベンチャー企業の場合は、社員が(それが営業であれ技術であれ総務であれ)社外の人と接する機会がそのまま会社の存在を代表していることが多い。選挙権の地域格差ではないが、社員一人当たりの存在の大きさが全く異なるのだ。ビジネスの多くは企業間や企業対消費者の間で進展するものなので、社外と責任を有してコミュニケーションをとる人間の比率が高いと必然的にビジネススピードは上がる。ただし動きが早い分、意志決定の改廃も素早く行われるものなので、その点は忘れてはいけない。
3.「システム」ではなく「人」
大企業では、一部の特殊な新規事業開発や研究開発の部門以外では、すでにできあがったビジネスシステムをぐるぐると回転させることそのものに人手がかかり、気づいてか気づかずかそのシステムの一部として機能している人員が多い。戦略や組織上の意志決定においても、すでにあるより確実性の高い意志決定システムの下に物事が動いていくため、突然変異のような新規ビジネスや人の”センス”に頼ったサービスは生まれにくい(あくまで生まれにくいだけで特殊な例ももちろんある)。
ベンチャーの場合は、そもそも回転させておけばみんなが食っていけるようなビジネスシステムはできあがっていないことがほとんどであり、その回転を何とか一回目、二回目回すこと、ダメだったら別のシステムを、上手くいったらまた変化をつけてもっと大きく、という試行錯誤を繰り返している状態にあることが多い。そして、意志決定も極めて個人の”センス”に頼って行われることが多い(もちろん、一定レベルのマーケット評価や技術評価などは行われるが)。
大企業はシステムを有しているが故に、個人が「これをやっていれば大丈夫」と安心して日々の仕事に打ち込めるが、反面新しいことを自ら考えついて始めることに大きな苦労がある。ベンチャーは人に頼って物事が進むために、個人のセンスや個性が存分に発揮できるのだが、確率論で言えば間違いなく大企業よりもリスキーな日々(ビジネスでも個人生活でも)を送ることになる。
勢いで書き切ったのでまだ他にもありそうな気はするが、少なくとも言えることは、NTTのような大企業(しかも特殊)とベンチャー企業ではそこで過ごす中での価値観ががらりと異なるものだ、ということ。そして、どちらが素晴らしいとか勝ちとかいったことではなく、それぞれの世界で個人が演じるべき役割、味わえるキャリアは全く異なるものだ、ということだ。
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2007年07月20日
労働市場の浸透圧と企業組織の密度
今月号の技術系転職情報誌『エンジニアType』の中で、うちのエンジニアメンバーたちが主催しているエンジニア交流勉強会『gungi』のことが大きな写真入りで載っています。46ページです。ブログウォッチャーの羽野社長とフォートラベルの山路CTOに並んで、うちのCTO松尾とnewsing&katyの母・平島がいます。かなりいい笑顔してます(^^
マイネット・ジャパンでは経営方針の中で「一人ひとりが主役」ということを謳っていて、仕事の面でも一人ひとりがプロであり主役であり、その仕事に応じて一人ひとりが世に出る機会を持てるようにしています。ので、こういう機会があるとかなりうれしいわけです。エンジニアTypeさん、ありがとうございます。
社員の露出機会が多いと、結構おもしろいことも起こってきます。例えば、会社の代表電話にヘッドハンティング系の電話がバンバンかかってきたりです。レイスさんとかレイスさんとかレイスさんとかからですね。経営陣の中に個人的によく存じ上げている方もいらっしゃる会社なのですが、何というかまあうん。代表にかかるのはちょっとアレですね。
個人的にはうちのメンバーに外部からのお声がかかるというのはたいへんうれしいことです。自分の仲間が世間様に市場価値を認めていただいているということですからね。
ネット業界というのはたいへん狭い世界ですし、業界内での人材流通も多くあります。労働市場の浸透圧が高い業界と言えるでしょう。だから他業界からネット業界へ引き込まれてくる人材も多いです。企業というのは市場の中の一個体ですので、市場側の浸透圧が高い状態で企業が自社からの人材流出が起こらないようにしようとすると、自社組織を密度の濃い状態にしていなくてはいけません。組織全体のモラールであったり、社内の個々人間の人間関係であったり、メンバー一人ひとりの能力/人間力レベルであったり、ロングターム・ショートタームのミッション&モチベーションであったりが、高密度に濃縮されている必要があるわけですね。その密度が薄い状態になっていると自然と人材は市場に溶け出していってしまうし、そういう組織であったならばそれを受け入れるのが人材個人のためにも市場全体のためにも自然で好ましいことです。
私は、経営者は市場を創ることはあっても市場の摂理に刃向うようことはすべきではないと考えているので、理にかなった姿であれるよう絶えず労働市場と対峙しながら組織密度を濃くする努力を止めないが吉、と考えています。そんな覚悟を持って「一人ひとりが主役」な会社を創っていこうと思っています。
あれ?記事タイトル「gungiがエンジニアTypeに載りました」で書き出したのに全然関係ない話になってもた。いいや、タイトルかえとこ。
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2007年06月25日
ベンチャー営業マンの成長
今日はあるお客様のところにイントラnewsingのご紹介に伺っていました。ご担当の方は別件でもう半年ほどお付き合いのある、ある程度気心の知れた方なのですが、今回はその上司の方とのご面談かたがたイントラnewsingのプレゼンをさせていただく、というお話でした。
今回の訪問は私の中でも大事な場で、それはうちの新人営業の純君の初プレゼンの日、ということからでした。彼は入社からこれまでの2ヶ月強はひたすら社会人としての基礎を身につけたり、先輩に付いてお客様対応の勉強をしたり、という日々でしたが、今回はちょうどその先輩営業が別件で同席できないことがわかっていたため、「ちょうどいい、純のデビュー戦にしよう」ということで、私と純の二人でお客様に訪問することになったのです。
彼はここ1ヶ月くらい、先輩社員(マーケ、エンジニア、ほか全員)に向けてイントラnewsingのプレゼンシミュレーションを繰り返してきました。最初は(身内相手なのに)本当におどおどしながらまどろっこしく説明してしまっていて、先輩社員もあれこれいろんな切り口で彼にアドバイスをしてくれていました。そうしていく間に、まだ白いキャンパスのような彼はどんどんと新しい目線やトークを身につけていきました。
そして先日そのシミュレーションを私向けにする機会を設けたとき、私はかつてNo.1営業マン(でした(^^;)だったときのアタマに戻って、彼を朝までしごきました。ここ、というタイミングで人は鬼になって後進に闘魂注入をするものだ、という考えが私にはありまして、そのときが「ここ」というときだと思ったんですね。
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2007年06月19日
経営の要諦は組織にある、と考えている件
今日、ふとしたことであるTV局の訪問を受けた。マイネットを創業してすぐのころにあすなろBLOGで書いた「あだ名呼び組織」というエントリーがきっかけだ。
うちの会社は立ち上げ前から創発性・共創性を大事にしていこう、と話合っていましたので、メンバーが増えてどうしても階層化が必要になるまでは、フラットにメンバー同士の創出価値が有機的につながるネットワーク組織のスタイルを取ることにしたんです。
その局のある番組であだ名呼び組織を特集するコーナーを持とうとしているということだった。正直言うと、この引用に書いている「メンバーが増えて階層化が必要に」なってきつつあるタイミングなので、微妙と言えば微妙なところだ。マスメディアの取材というのはこういう微妙なタイミングにこそ入りやすいというのも皮肉なものだ。
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2007年05月03日
スクラップアンドビルドを恐れない
タカヒロさんのエントリーにあった言葉に共感したのでメモ。得意の自戒メソッドでもある。
Effie Awards を獲りに行け!: mediologic.com/weblog
広告/コミュニケーションとはトータルな企業活動であり、当然それにはリザルトがついてくる。一方最近の日本ではやれ「クロスメディア」だ、「検索連動型CM」だ、「クチコミ」だと一過性のブームが起こっているが、そんなものはケタグリにしか過ぎない。
いや、ほんと。まず「広告/コミュニケーションとはトータルな企業活動」なのですよね。思想や地に足のついた活動の伴わない企業コミュニケーションは瞬間風速の集客は起こせてもそれを継続させることはできない。たとえば進歩的性善説を説くのであれば社内外のあらゆる活動においてそうでなくてはならないし、最高のUIを求めるのであればいかにそれが表出までに時間のかかることでも水面下での追求が一貫していなくてはならない。
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2007年04月17日
3つのタスクとコミュニケーション方式
昨日、新たに新入社員がジョインしてくれて、マイネット・ジャパンは正社員・アルバイトで17名の陣容になりました。エンジニア9名、マーケ・営業・総務で8名という構成です。メンバーが増えて、これまでビル(40年モノのいい味出てるビル(^^;)の3階に全員集まっていたのですが、昨日の夕方席移動をして、4階に新サービスチームが、3階に他全員が座る、という構成に変わりました。
組織というのはメンバーが増えてくるとコミュニケーションロスが発生しやすくなります。今回の機会はマイネットにとっても今までで一番大きな規模変化だったこともあり、今朝のミーティングでは「コミュニケーション、コミュニケーション、コミュニケーション。組織変化の時期には何よりコミュニケーションが重要。敢えて言えば創発より開発より営業よりも重要なこと。これから2ヶ月、コミュニケーションを一番大事にしよう!」というような話をしました。
コミュニケーションの方式や組織の体系というのは規模やタスクによってまったく異なるものが必要になってくるものです。
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2007年04月12日
ドリコムが携帯公式サイト運営のJ研を買収
今日もブロガーモードです。
売上8.7億、経常-1.8億のドリコムが、売上8.3億、経常2億のジェイケンを13億で買収した、との報。
1.株式取得の目的
ジェイケンは、業界最高峰の100,000 曲以上の曲数を誇る投稿型着信メロディコ
ンテンツサイト「J研」を運営しており、携帯電話コンテンツの開発・運営に強
みを持っております。
今回の株式取得により、ドリコムグループはモバイル分野への新規展開を図ると
ともにエンターテイメント領域のCGM(コンシューマ・ジェネレーティッド・メ
ディア)に進出いたします。
(3) 取得株式数 17,120 株(取得価額1,321 百万円)
取得価額は、第三者評価を参考として、当事者間で協議のうえ決定した価額です。
(4) 異動後の所有株式数 17,120 株(所有割合100%)
目的部分はかなり美しいのですが、当期利益1.2億の携帯ネット会社を13億で買収? 携帯公式サイトを複数運営してCGM型で将来もありそうな営業利益率24%の会社がPER10倍?
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2007年04月11日
ドリコム'07.3期業績下方修正事案の分析
昨日ドリコムがH19.3月期の業績下方修正を発表し、市場もインターネット業界も騒然としています。
ドリコム、2007年3月期赤字転落へ--営業不振で売上高は従来予想の6割 - CNET Japan
ドリコムは4月10日、2007年3月期の連結および個別業績について、売上高が従来予想の6割にとどまり、経常利益は赤字転落すると発表した。同社は「Web 2.0銘柄」として市場の期待が高かったが、上場後わずか1年で大幅に業績を下方修正。
私は昨日、ドリコムがブロガー向けに配信しているPRメールでこの報を知ったのですが、一見した瞬間はかなり目を疑いました。売上15億→8.7億、経常4億→マイナス1.8億。2月に発表した第3四半期までの業績下方修正である程度の通期下方修正は予測できていたところですが、まさかここまでの度合とは思いませんでした。
この件が新興市場に与える影響は小さくないと思いますし、少なからずインターネットベンチャー全体の業績予測に対する信頼度を下げることにもつながるでしょう。同業の者として残念に思います。
ドリコムさんは、個人的には内藤社長をはじめ役員・社員の方々にも見知った仲の方が多い会社です。内藤さんは言わずもがな、役員・社員の方々もそれぞれ個性的で優秀な方の多い会社だと言えます。そのドリコムさんをしてこのようなことを起こしてしまわれたのにはいくつかの理由があると思います。同業の経営者としてではなく1ブロガーとして客観的に思うところを述べてみます。自社経営の今後への戒めを込めて。
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2007年04月10日
考える⇒作る⇒届ける
事業を進めるときに、その組織のメンバーが担うタスクには大きく分けて3つのものがあります。それは「考える」⇒「作る」⇒「届ける」という3つのステップです。
まずはその事業を0から組み立てていったり、改善するための方策を考えたり、世間の人々がそこに求めているものを組み込んだりすることが「考える」です。
考えることがなされた企画は、次に「作る」の工程に入ります。インターネット業界で言えばエンジニアの本領が発揮されるところです。ちなみに、「考える」の段階はエンジニアもマーケッターもディレクターもプロデューサーも社長もどんな人間も一緒になってフラットに業をなす場と定義できます。
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2007年04月08日
起業を志す若い友人へ
昨日は、起業を志す若い友人と会っていた。
これまでのキャリアや事業アイデア(あまり詳しく聞いていないが性格的におそらく)はしっかりしている人物なので、そっちのことよりもより起業をする上での心得のような話をしたりした。
私自身まだ起業して1年も経っていないのだからあまりえらそうなことを言える状況ではないのだけど、今、生で感じていることだから、実感をこめて彼に伝えた。彼と同じように「アイデアは固まって資金の目途もあるけど、まだ踏み切れないでいる起業家予備軍」の人々に、少しでも役に立てるといいな、と思う。
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2007年03月04日
右脳左脳と感性とウノウの山田さん
最近仕事や個人活動のあれこれに追い立てられて、インプットのための時間をなかなか持てずに苦しむ日々が続いています。ウノウの山田さんのブログを拝見していて、おおよそ近い規模の会社経営をしながら絶えずインプットを求めて動き回っていらっしゃる姿を見ていやはやすばらしい、と思ったりしたので賞賛とともに引用エントリー。
ハイ・コンセプト 「新しいこと」を考え出す人の時代: suadd blog
▼これから求められる「六つの感性(センス)」
・「機能」だけでなく「デザイン」
・「議論」よりは「物語」
・「個別」よりも「全体の調和(シンフォニー)」
・「論理」ではなく「共感」
・「まじめ」だけでなく「遊び心」
・「モノ」よりも「生きがい」
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2007年02月03日
日本的経営とネット企業
ネット業界はまだまだ従業者の平均年齢が低いためにあまり長期的視点での人事体系・労務管理がなされていない嫌いがある。
「20年後どうしてるつもり?」という問いにうまく答えられない経営者・従業員とも多いのではないか。これについては私自身も考えているだけで明確な答えにまではいたっていない。
そんな中、このサイボウズの人事施策はシンプルだけど興味深い。
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2007年01月16日
アインシュタインと定量化
『数えられるものがかならずしも重視されるとは限らず、重視されるものすべてが数えられるとは限らない。』(アルバート・アインシュタイン)
さすがアインシュタイン、いい言葉を残していますね。物理の極限を突き詰めた人物の言葉だからこそ真理を感じます。
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2007年01月15日
どこでもドアと起業のこと
インターネットが普及することで「個人が主役」の時代がやってくる、という考え方はインターネット草創期から語られていたことです。今回のWeb2.0のブームの中でも、再びその考え方は強く喧伝されました。
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2006年11月19日
右脳と左脳を両立させよう
マイネットでは右脳(創発・企画・発想)と左脳(計画・営業・管理)を両立させよう、というのを経営上のテーマの一つにあげています。この両立のためにいろんな方策をとっていますが、POLAR BEAR BLOGさんのところでアイデアを殺すキーワード群をアップしていらっしゃってとても参考になったのでメモ用にアップ。要はタイミングを得ずに左脳が発揮されると右脳の進行を止めるのだ、ということですね。
1. 「それはもう試したよ。」
2. 「そんなのうまく行かないよ。」
3. Would you like a pony? (※すみません、ここ意味分からず。検索すると割とヒットするフレーズなんですが・・・。pony = 子馬、重要でないものということで、「そんなつまらないことしたいのか?」という意味?)
4. 「ばかげているな。」
5. 「君はクビだ。」(※失敗すれば処罰される、という雰囲気では新しいアイデアは表にでない、という意味?)
6. 「君には強く反対する。」
7. (笑い)
8. 「予算にないな。」
9. 「それは重要な問題じゃないよ。」
10. 「時間がない。」
11. 「上が認めないよ。」
12. 「我々の管轄外だ。」
13. 「しかし、それがルールなんだよ。」
14. 「非現実的すぎる。」
15. 「もうお終いだ。」
16. 「そんなの儲からない。」
17. 「我々のビジネスじゃない。」
18. 「技術的に難しい。」
19. 「何のことを言っているんだ?」
20. 「みんなちゃんと考えているのか?」
21. 「そんなの欲しい人はいないよ。」
22. (反応なし)
いやいや、これは見事。今度からこれを一つでも口にしたら罰金な会議、っていうプレイしてみようかな。
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2006年11月18日
波論
ウノウの山田さんのブログを見ていて、少し前のものですがとても共感を持ったのでピックアップ。
会社やってるといい時も悪い時もあって、自分ではどうしようもない時が結構あります。そういう時に前向きに取り組めるかが重要。そういう時に一緒に前向きに取り組んでくれる人がいるかが重要。結局楽しんだもの勝ちです。
『波論』とはこれしたり。個人的に、人の長期的な好不調と短期的なバイオリズムの波、また、世間の流行廃りとトレンド軸の波の存在は強く信じていて、その存在を前提とした自分なりの先読みで方向や行動を決めるところがあるのですが、やはり近い感覚でものごとを見ているものだなぁ、と。
ブログ・SNS・Web2.0の波はこの夏あたりを波頭にして下降中。さて、次はどこにいきますか?
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フロー情報の蓄積
自分の過去のブログエントリーを読んでいて、なんとも今の自分を串刺しに刺されるようなものを見つけた。
膨大な情報量のデータベース性に基づくインターネットの利便性は、実は我々の前世代的な思考、前例主義的な思考によって支えられてきたものであって、今後進むインターネットのあり方は、日々過ぎてゆく膨大なフロー情報の「リアル性」に価値が置かれるものだ。つまり、これから経営者たちを評価していくものは、誰にでも真似できる過去の理路整然とした行動履歴よりも、その経営者が日々をどのように生き、感じ、行動しているか、その基軸が何であるのか、というポイントだ。
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2005年08月22日
はてなの変さは止まらない
岡田有花記者のネットベンチャー粘着記事シリーズの中でも最高傑作であろう「はてな3部作」がITmediaのWeeklyTop10を席巻したようです。
「南極で風力発電したい」――はてな社長はやっぱり変 -ITmedia
「変ですよほんと。この間も『サーバ電源を風力発電でまかないたい』って言い出すし」――はてな最高技術責任者の伊藤直也さんは、まるで彼女の話をするかのように、嬉しそうに社長の“変さ”を語る。 はてな社内で「サーバ用の電力が足りなくなりそう」と話していた時。近藤社長が「風力発電すればいい」と言い出したという。社員が「発電装置を置く土地がない」と返すと「じゃあ、(土地があって涼しそうな)南極でやろう。サーバも持って行って」と真顔で言ったとか。
いやはやもうなんと言うか、イッってますな、この人は。その変さ加減にほんと、脱帽です。
先日インタビューでお会いした切込隊長も、はてなにだけは「ありゃ気違いだよ。ばかじゃねぇの(笑)でも明確なゴールを目指してやってるってことはわかるよ」というようなコメントを発していました。
変の極みのようなヒトにまでいい意味で変と言われるはてなのみなさん、近藤さん。これからも日本のインターネットにバンバン面白いサービスを生み出して行ってください。応援しています。
まあ彼らは変なだけじゃなく、ユーザと共にサービスを創るスキーム(姿勢だけじゃなく複数の具体策で)やギーク精神に則った絶えざる新奇性、近藤氏の優秀な人材を自然と惹きつけるリーダーシップなど、他のネット事業者が学ぶべきところは本当に多いと思う。ので、その力をもっとユーザに業界に見せつけて行ってほしいですね。
■関連記事:
・はてなのブログ投げ銭は素晴らしい
・はてな 近藤社長に思うこと
・はてな 普通の会社へ
・梅田望夫氏 FPN座談会レポート
・「Buzz」のわかりやすい手法
・はてな 近藤淳也社長
・はてな住所登録問題
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2005年08月17日
オンラインメディア従業者の年収高騰へ
眉唾と言いたくなるお話ではあるが、一応米ジョージア大による詳細かつ全うな調査の結果である。
米メディア業種別の初任給比較,オンラインがTVや新聞より高給 -メディア・パブ
米国のメディア企業の学卒年収で,オンライン出版がTVや新聞よりも高給である。ちょっと信じがたい話だが,米ジョージア大の調査“the 2004 Annual Survey of Journalism and Mass Communication Graduates” によると,そのような結果になった。以下は,メディア別の学卒の平均年収である。オンライン出版: $32,000
ネットワークTV: $23,492
ケーブルTV : $30,000
日刊新聞: $26,000
週刊新聞: $24,000
ラジオ: $23,000
コンシューマ雑誌:$27,000
USでの話であること、あくまで初任給の話であることを割り引いて考えても、今の日本のネット業界の状況からは想像できない話ではある。オンラインメディア業界が、離職率が高く中途採用も多い業界であることから、成果主義型の賃金体系が採られやすいことも影響していると思われる。
日本の場合、ライブドアのニッポン放送買収騒動時に一部話題に上がったが、ライブドアの一般社員平均年収は従業員の平均年齢が若いこともあり400万円台といわれる。営業利益率50%を誇る業界TOPのYahoo!Japanでも、全社員平均年収はようやく600万円に乗ったところである(IR資料より)。それぞれ数値ベースが異なるので直接安易な比較はできないが、30歳1000万などと言われるTV業界とは比較になるレベルではない。
市場からの資金調達と株式交換で事業規模を拡大する時価総額経営がデファクトの経営手法となっているネットビジネスの世界においては、人件費をできるだけ抑えて純利益を高めて株価を上げることが求められる、というのが定石と言えたところだが、USではその状況が変化してきているのだろうか。
まだまだ独身が中心のビットバレー世代(U30(w)が働き頭にいる日本では、もう一周(4~5年か)世代が回転してその世代の世帯持ちが増加してマクロに安定雇用が求められるようになってこないとこのような状況が訪れることは考えにくいだろう。
しかし、絶えず一歩先を進むUSでこのような状況が生まれていることを鑑みるに、広告をはじめとするフロー資金のオンラインメディアへの流入増加の伸び率がこの業界の労働者一人当たり付加価値率の伸び率を超える時期が大きな波として近づいているのかもしれない。
要は、日本の優秀な学生くんたちは今ネット業界への就職を選択することは得策なのかもね、という話です。
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2005年07月05日
はてな 近藤社長に思うこと
「はてな」についてのITメディアの記事がたいへん面白かった。岡田有花さんの真骨頂ですね。
「あしか」は、はてな開発陣の進行管理ツール。材料は段ボール箱と、コピー用紙の裏紙だ。箱は4つの区画に仕切ってあり、「終わった」「すぐやる」「そのうちやる」「ペンディング」と書かれている。開発タスクは紙に書き、どんどん箱に入れていく。アナログなことこの上ないが、これで十分だという。
スタッフのスケジュール管理も、ずっとアナログだった。壁掛けカレンダーに、全員の予定を手で書いていた。ある時、「社外からも予定を知りたい」という声が出たため、改善策を考えた。「ライブカメラでカレンダーを映したらいいんじゃないか、とか」
おもしろすぎる。はてなという会社の、本質を突いて常識を無視して自ら産み出す、という感じのスタイルに見事に合致している。
「他の人がどうしているかとか、よくある製品がどうなっているのか見たら、その時点で思考停止。そうではなくて、自分が欲しいものを自分の頭で考える努力をしないと、いいサービスは作れない」
お見事としかいいようのないロジック。なぜなら、はてなは今のところそれを貫いた上でユーザの支持を得て成長ラインに乗っているから。他の誰かがスタイルだけを真似しようとしても、まったく意味を成さないだろう。むしろ、普通の産業では「自社のリソースで競合との市場競争に如何に打ち勝つか」というロジックが先に来る。インターネット業界の中でも、すでに市場が生成された領域ではそんな競争ロジックの方に分があると言える。
はてなの場合、まさしく「人のやっていることをはてながやる意味はない」の言葉の通り、市場のタネを産み出し続けることをミッションのごとく位置づけている会社であるためそのロジックが通る。そして、近藤氏の”底の見えないふしぎちゃん”な生来の性質が相まって伊藤氏や川崎氏、はたまた梅田氏のような有能極まりない人々がはてなに惹きつけられて来て、その人たちがまたどんどんとはてなをはてなっぽい会社に仕立て上げている。
彼らはどこまでそのスタイルを続けることが出来るだろう。くしくも記事内で近藤氏が語っている「近藤の限界をはてなの限界とはしたくない」という言葉が苦しく響くが、今の印象では、社員数が増えて近藤氏の神通力が届ききらなくなり、近藤氏が年齢を重ねて大人たちに揉まれ、次の世代が純粋に彼の”ふしぎちゃん”っぷりを受け止められなくなったとき、そのスタイルは崩れてしまうことだろう。もしそのスタイルを「文化」と記事内で語っているレベルに昇華させたいと思うなら、”はてなっぽさ”が薄まっていくことを許容しても、歴史が教えてくれる「組織」のあり方を理解し、ある程度は型にはめていくことだと思う。別にに官僚っぽくなるべしとか事業部制ひくべしとかの意味ではなく、社員30人の壁を超えるための社員間コミュニケーションと対外関係の組み立て方には一定の定理のようなものがある、という話。また、「スタイル」は人につき、「文化」は組織につく。今のはてなっぽさはまだ「スタイル」だ。
近藤氏には組織を作ることの壁を着実に乗り越えて、高濃度の”はてなっぽさ”をうまく日本のインターネットに流し込みながらはてなそのものは希釈して、長く続く会社、長く続く文化を創ってほしいと願う。
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2005年04月18日
労働市場とインディペンデントコントラクター
インディペンデントコントラクターという語を最近耳にします。
インディペンデントコントラクター(Independent Contractor)
高度な専門性を備え、業務単位の請負契約を複数の企業と結んで活動する「法人化した個人」および「個人事業主」の事。Independent Contractorの略でICと呼んだり、直訳して独立業務請負人とよんだり、プロワーカーなどと呼んだり、呼称は様々。一部には独立業務請負人を略して「ドクウケ」と呼ぶ向きもある。
「必要な時な時に必要なだけ」プロジェクトに参加し、ベンチャー企業としてIPOを目指すわけでもなく、自宅を中心に自分のペースで働くSOHOとも一線を画するICは「雇われない、雇わない」フリーエージェントとしてのビジネスマンの新しいワークスタイルとして注目を集めている。
近年は消費者の価値観の多様化や企業経営環境の流動化に伴って商品やサービスのライフサイクルがどんどんと短くなってきています。一つの商品やサービスは企画・開発の段階から、マーケティング、製品化、販売、運用・サポート、といった一連のフローを経てユーザの手に渡ることとなりますが、大きく分けると「考える・作る」の段階と「売る・回す」の段階とに分類できます。
このうちの後者の方はそのプロダクトのライフサイクルを想定しながら、マネーリソースやヒューマンリソースを計画的に配置することがある程度可能ではありますが、前者の「考える・作る」の部分については持続的なマーケティングの賜物としてある適切なタイミングを得て執行する必要があり、リソースを計画化することが困難、もしくは無駄の生まれやすい状態になる可能性が高くなります。そこで企業側としてこの「考える・作る」ヒューマンリソースを流動化可能な状態にするニーズが高まるのは必然といえるでしょう。そのニーズをカバー可能な状態にする存在がインディペンデントコントラクターになるといえます。ちなみに、大きな視野で見ればマネーリソースに関しても近年のエクイティファイナンス手法の多様化などがこの流れに対応した動きであると捉えられます。
ヒューマンリソースマネジメントにおいて、これまでこの流れに対する対応は人材派遣会社があたかもマネーにおける間接金融=銀行にあたる存在として振る舞い、人材のプールと人材の突発需要に対するマッチングニーズを満たしてきましたが、この領域にも徐々に市場化の波が押し寄せているように思われます。
気付かぬ速さで… -ちょーちょーちょーいい感じ
最近周りの友達などを見ていても思うのですが、ここ数年で考えることとか視点とかがガラリと変わったり、非常に柔軟になったり、そして外部に目が向いていたりという変化を感じます。彼らは経営者的視点でモノを考えることが普通になってきていると思います。それは別に意識してそうなったわけではなく、今後の自分のキャリア、人生をどうしようと考えるうちに自然と身についてきたのだと思います。
ブログが人を転職させるのか、転職する人がブログを書くのか -FPN
NDO::Weblogの伊藤さんは、以前講演で、「ブログのおかげで執筆や転職の機会に巡りあえた」というような話をされてましたし、ガ島通信さんのケースなんかは、まさにブログが転職のきっかけになっている印象があります。これまでは大企業の中にいる人が外の人に評価してもらう機会と言うのはなかなかありませんでしたが、ブログなんかで情報発信していると自然に外の世界の評価というのが分かってきますから、今後はそういう逸話がどんどん増えるんでしょうね。
ブログやSNSといった、個人がインディペンデントに活動することを容易にするツールが普及段階を迎えつつあることによって、インターネットが「人と情報のマーケット」として機能し始めていることの萌芽が感じられます。現在はまだごく小さなパイでかつ「転職」というスキームにおいてなされている状況ですが、近い将来その裾野が広がり、徐々にインディペンデントコントラクターの市場として機能し始めるのではないでしょうか。
SNSの勃興期に「数年後のビジネスマンは人と初めて会う前に、SNSで相手の人とナリをチェックし、相手のブログでその人の興味と思考をチェックするようになる」というような予測がありましたが、もう半歩進んで「プロジェクトを起こすときにはSNSとブログでメンバー収集」ということになるかもしれません。そこですぐに思い浮かぶのはUSでのLinkedInの事例、企業から掲載料を取って求人情報を掲載するモデルですが、まだ一般の求人サイトの域を出るものではありません。
日本で言えば、同一の事業者が運営するmixiとFindJob!の融合がいつくるか、いつくるか、と著名ブロガーらが見つめていますが、日本経済の流動性≒成長性向上のためにも、近い将来に現在のmixiとは上手く切り離された「労働市場」の実現が期待されます。
もちろん、まだまだ職業人たちのマインドがインディペンデント主流になるまでには相当の時間がかかるわけですが。
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2005年04月11日
異文化の壁
『著作権問題さえ解決すれば、ネットとテレビの融合が前進するかと言えば、それほど単純な話ではない。明らかに目に見える壁の手前にも後ろにも、なかなか目には見えない多くの壁がある。その多くは技術論よりも、信頼関係の問題である。そうした壁を乗り越えていくためには、資本や技術の力を駆使するよりも、「異なる文化の世界に住む人たち」への理解と、決して相手の文化を否定しない形で協力関係の在り方を模索していく辛抱強い努力こそが重要になるだろう。』
ネットとテレビの融合――著作権問題、暫定解決の先にあるもの より
テレビとネットの融合に関連した著作権問題の記事の中で、西正氏(数年来の放送通信融合論議の御大・出てきすぎw)が記した一文です。近江商人は数年前のブロードバンドブームの折に通信事業者サイドとして放送事業者の文化に切り込んでいく生業を持っていたことがあるのですが、この文章にはとても説得力を感じます。ネット業界(もしくは通信業界側)とテレビ業界(もしくは放送業界)が融合するために山積する課題は、結局のところ「文化の違い」の一言であるということです。
これは堀江社長の挑戦によってクローズアップされている「ベンチャー経営型企業」と「日本的経営型企業」との間に横たわる壁にも全く同じ公式があてはまります。そこに必要のは「文化の違いの認識と、異文化の融合に辛抱強く取り組むこと」です。
近江商人は年頭、2005年は異文化融合の年にしたい、と勝手に所信を申していましたが、そろそろそのための具体的な貢献をしたいと感じた一文でした。
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2005年02月23日
堀江社長への判官びいきという視点
一時はフジサンケイグループの「護送船団論理」の勝利と受け止めることのできたニッポン放送争奪戦ですが、もう一つの日本人気質が出てきました。
『判官びいき』
堀江貴文氏はプロ野球での楽天VSライブドア抗争でもこの「判官びいき」を意識してかせずか活用して、球団取得合戦には負けたものの「名をあげる」という勝負には勝つ、という結果を得ました。
参考:勝ったか負けたか楽天イーグルス
さきほどテレビ朝日ニュースステーションでなされた報道は、「フジサンケイグループはライブドアが法律ギリギリのやり方で挑んできたのに対して、これまた法律ギリギリの対抗策を打った。しかしこれは一般株主を完全に無視した振る舞いだ。ライブドアはこれに対して当然新株予約権差し止めの訴訟を起こしてくるだろうが、そこで一般株主、ひいては一般世論がどちらにつくかが勝負を決めるのではないか」といった論調のものでした。
いやはや朝日らしいニューステらしいということも言えますが、冒頭に述べた「日本人気質」を捉えた論調でもあると思います。
近江商人はさきほどのエントリーで「日本的経営の勝利、勝負あった」と述べたところですが、もしかするとまだ「日本人気質の逆襲」が待ち受けているかも知れませんね。一旦前言撤回させていただきます。
ひとまず23時の堀江社長会見を待ちましょう。
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ニッポン放送争奪戦はフジテレビの勝利
ニッポン放送が4,720万株分の新株予約権をフジテレビに対して発行する取締役会決議を行いました。明日以降フジテレビがこれを受け入れ、新株予約権を執行してニッポン放送株を取得することにより、フジテレビはニッポン放送と合意の上でニッポン放送を連結子会社化することとなります。
ライブドアが「市場の論理」でニッポン放送の株式購入による経営権取得を進めたのに対し、ニッポン放送経営陣がライブドアとの経営方針の不一致を理由にして、「護送船団の論理」で自らフジテレビ子会社化へのスイッチを押した、ということです。
これへの布石として、ライブドアのニッポン放送株式大量購入の発表以降の世論が
「市場の論理もいいけれど、やっぱりそんな無茶なことはしちゃいけないよ。来年以降の外資の株式交換買収規制撤廃後のことを考えても、市場の論理ばかりじゃなくてちゃんと人間同士の意思確認があって理にかなった経営権の移動がなされないといけないよね。だからある程度日本らしい護送船団ぽい防衛策もOKだよ」
という流れが作られてきていました。今の日本人の思考が堀江社長の追求した市場の論理を受け入れなかったのです。仕方ありませんね。
ライブドア堀江社長としてはじくじたる思いではありましょうが、絶対資本主義に対する日本的経営の勝利、ということで、近江商人としてはこの結果を好ましく受け止めます。かわいそうなのは既存のライブドア株主です。明日以降のライブドア株の下落はとどまることを知らずに続くことでしょう。そして、もしかするとリーマンブラザースが、引き受けたMSCBの株式転換を執行してライブドアの親会社となり、堀江社長は失脚の憂き目に合うかも知れません。
これが、良かれ悪しかれ今の日本社会だ、ということですね。
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2005年02月15日
ビジネスモデルとユーザマインド
ネットビジネスにおける「ビジネスモデル」という言葉を整理してみます。
インターネットの勃興と時を同じくして「ビジネスモデル」という言葉が喧伝され、魔法の杖のように崇拝された時代も今は昔。ネットバブル崩壊の余波を受けて最近は「ビジネスモデル」という言葉自体が、発しただけで若干「うさんくさい」と言われるような用語に成り下がってきたように見受けられます。しかしながら本来の「ビジネスの構造」という意味合いでは今も昔もこれからも大変重要なキーワードであることに違いはありません。
「ビジネスモデル」とは、あるビジネスにおけるユーザマインドに適合した収入ミックスである、と定義することができます。
ネットビジネスにおける事業者の収入源は、対消費者では機能使用料、情報・物品販売料という2つ、対ビジネスユーザでは広告料、ASP使用料、情報・物品納入料という3つの合計5つしかありません。これにリアルから持ち込まれた収入源である人員提供料、物的インフラ提供料、運搬料が巧みに組み込まれて、これら8つの合計値がネットビジネス市場の総パイとなります。
ここに対して、事業者はアイデアと経営資源を駆使してこれらの収入源を手にするためにサービスや財を作り出し、それが世間のマスかニッチのニーズに最も合致すると思われる表現方法、価格・料率設定で市場に投入します。そこには一般的に「マーケティング」と称されるターゲティング、ポジショニング、4Pといったステップやチューニングの切り口が介在します。そのマーケティングをリアルの市場と比較したときに、未だ市場が発展途上であるが故の変化のスピードへの適応力と、N:Nの情報伝達障壁が低いが故のユーザニーズ至上の思考がより必要とされることがネットビジネスにおけるマーケティングの特徴と言えます。
例えば楽天市場などのインターネットモール事業の当初のビジネスモデルは、消費者が一見すると単純な物品販売に見えるところです。しかし実際は、「インターネットで買い物をするというニッチな消費者に対して、購入選択肢とネットのメリットが十分整った買い物娯楽を提供することを介して集客力を高め、ビジネスユーザに対してその集客力とコマース機能のASP提供を行って対価を得る」という、消費者ニーズと環境の有り様を逆手にとってビジネスユーザからの収益を高めるというものです。この例だけを見てもネットビジネスのビジネスモデルは、収入源はシンプルなのに、その全体像をユーザマインドに適合させるために表現上はとても複雑なものになっていることがわかります。その複雑さがネットビジネスのビジネスモデルを世間の理解から遠ざけているのでしょう。
今でもビジネスモデルなどと言うと難しく考える人が多いように思いますが、ビジネスの構造レベルでネットビジネスを整理したときには、実は至極シンプルに把握することができるものです。近い将来、先人の知恵を集約したネットビジネスの学術的なデファクト教科書のようなものが生まれてくるのでしょう。そうなるころにはこの市場の大きなチャンスはほぼ食い尽くされているのですね。のろのろしている場合ではありません。
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2005年02月13日
ネット起業と情報過多
情報過多である。
いまどき、何か新しいビジネスをやろうとしたときには周りのだれかがそのビジネスの経験があったり経験者の体験談を知っていたりする。それがネット周辺のビジネスであればなおさらである。「コミュニティはもうからないよ」とか、「メルマガはもうだめだね」とか、「直販は在庫リスクがあるからやめとけ」とか。
マスメディアの選別を介さずに情報が発信されるようになったり情報伝達のコストが大幅に低減されたりという、インターネット革命の最も初期的な影響がこういったところに表れているのかもしれない。
しかし、インターネット社会は一年一昔の時間軸で流れている。そしてインターネットで全ての情報要素を伝達できるわけではない。そのことを忘れて、過去の顧客層・顧客規模・消費者マインド・生活時間シェア・インフラ状況などなどの中での失敗体験の肝かどうかもわからない情報でビジネスを判断していては思考もチャンスも深まることはない。
「どんなアイデアも、自分が初めて考えたなどとは考えないことだ。成功とは、それを実行してみて、試行錯誤で最後までやりきって、それが時の利を得ていたならば自ずと手に入っているものだ。」
まあ、まずはやってみることですよ。ネットビジネスは初期投資の小ささが魅力ですからね。
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2005年01月26日
SONYの大企業病
切込隊長がこのところ「SONY」にターゲットをチューンしています。木村剛氏との騒ぎが時間とともに、また、リアルに木村氏が苦しみ始めたことへの憐情の空気とともに風化しつつある中で、今回は「株主」としてのスタンスを明確にして”検事の視点(笑)”でSONYを論じようとしている、というところでしょうか。
直近のエントリーでの彼の指摘の論点をまとめると下記の5点に絞られます。
・幹部役員の自己保身行動
・一般社員に蔓延する内向き仕事志向
・事業計画マイオピア
・若年層向け市場でのCSR欠如
・大規模クライアントのメディア操作
要は大企業病とそれに伴う社会倫理の低下に関するポイントで、これ自体はSONYに限らず、企業としての成長限界に達して縮小均衡政策で短期的財務成績の担保に傾注する多くの日本の大企業に共通する構造的課題です。これに対する抜本的な対策は少子化による長期トレンドとしての国力成長余力の低下や企業の本質的グローバリゼーションを停滞させる言語問題・国民気質の問題にまで器を広げる必要があるため、木村剛氏いわくの「あるべき論」レイヤの議論を政治レベルで深めなくてはならない領域です。すなわち、ここでSONY個別に振りかざしても本質的には意味をなさない。
ここでSONYの経営陣に投げかけてしかるべきなのは、もう少し卑近なレイヤの議論ではないでしょうか。
今回の直接攻撃のきっかけとなったのはPSPの初期不良問題に関連するSCEI久夛良木社長のコメントのようです。
「使用する液晶画面はこれ以上小さくしたくないし、PSP本体もこれ以上大きくしたくなかった。ボタン位置も狙ったもの。それが仕様。これは僕が作ったもので、そういう仕様にしている。明確な意思を持っているのであって、間違ったわけではない。世界で一番美しいものを作ったと思う。著名建築家が書いた図面に対して門の位置がおかしいと難癖をつける人はいない。それと同じこと」
例えば、3年前にこのコメントを目にしたとしたら、「いやはやソニーさんはやっぱり一本スジが通っていてすばらしいですな」という解釈も効いたところだと思います。しかしながら現在のソニーの状況というのは、ソニーショックによって投資界での信用を失墜させた上に、開発戦略の失敗による新三種の神器競争での出遅れ、価格競争ブランドへの堕落といった失態の末の「ソニーもうだめぽ」なわけです。そのような状況の中でこういったコメントを吐いてしまう久夛良木氏へなすべき提言は、
「空気読め」
だろう、と。
すなわち、SONYは自分自身の大企業病やブランド力の失墜を消費者よりも先取り(まだ世の中一般にとってはヨン様並にカッコイイヨソニー)して自認し、より真摯で愚直なIR、PRをするべきですよ、と。企業にとって、マーケティング志向と技術志向、顧客満足と市場創造との間には、それが融合して完遂されるまでの間においてはほぼ対極といえるほどの溝が見えるものであり、その完遂までの間のIR,PRを強硬な信念・スタンスで行うか柔軟なおかげさまスタンスで対応するかは「時の利」で判断しなくてはいけないものです。世間の風向きが悪いときはじっと我慢で潮目の変わるまで内部の努力を続けるのです。その世間の風向きを見ることもまた「ブランドマーケティング」の重要な視点です。そこを見誤っていることが本件の問題点であり、そのスタンスを正すことが、今、「あるべき論」ではなく「やるのか論」として現実的にSONY(=今や日本の国際戦略上弱っては困る企業)に目を覚まさせる方法ではないでしょうか。
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2004年11月03日
勝ったか負けたか 楽天イーグルス
楽天イーグルス正式決定、ライブドア「アダルト」響く (夕刊フジ)
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「新球団の経済的負担は、おそらく見積もりを超えている。それに発足から数年は低迷するはず。負け続ければファンも来なくなるだろう。球団経営が安定するまでの“冬の時代”を我慢できる体力があるかが勝負だ」(パ某球団関係者)
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まあ、ライブドアが「アダルト」で落ちたかどうかはよしとして、出来レースの結果は案の定三木谷サイドが勝負に勝って、ここからじわりじわりとボディーブロー攻撃を食らう予想通りの展開となった。おそらく球団経営自体の黒字化は向こう5年以上の地道な経営努力+チームの奇跡的躍進の末でも成り立つかどうかというところだろう。
「コンテンツとしての価値」などといっても、所詮現状のインターネットまわりのチャネルでの展開やグッズのEC・肖像権ビジネスといったものでは焼け石に水というところか。
しかし、本来三木谷氏が狙っていた本業「楽天」へのプロモーション効果は高く、当面の一般層向け露出拡大による認知向上効果は30億円/年のキャッシュアウトがあっても十分ペイする範囲だろう。加えて機構側と握ってのオンラインでのチケット優先販売権をはじめとするプロ野球というコンテンツ商材全体のオープン化においてノロノロした既存球団経営陣から主導権を奪うことができれば、向こう10年の我慢を経れば次代の利権・覇権を獲れる可能性もある。 ・・・好意的に見れば、だが。
そんな中、来年福岡Yahoo!ホークスが満を持して参入することを想定すると、、三木谷氏の足元は極めてゆるい。1年の先行者利得をとにかく極大化できるよう、球団経営は手下に任せて、昔とった杵柄MBA銀行マントークで旧来型産業オーナーたちへのロビー活動に精を出すことをお勧めしたい。
とはいえ、現在のプロ野球ファン人口の年齢構成など勘案するに、向こう10年間のプロ野球自体のコンテンツ商品価値の低下は止めようのないものであり、中期的に見れば結局、
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今回はダメでも次のチャンスに(球界に)入ってくればいいんです。まだ31歳と若い
んだし (by 阪神久万オーナー)
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な、堀江氏の最初に騒いでさっさといなくなったもん勝ち、と見るのが現時点での確実な活動対効果の結果分析なのではないかな。
三木谷さん、がんばってください。
堀江さん、お上手でしたね^-^
関連:
ライブドアvs楽天 公開ヒアリング
孫正義 満を持して球界進出
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2004年09月02日
Blogで解雇?--個人と組織
個人ブログが「やぶ蛇」に--ネット企業が社員を解雇 - CNET Japan
この記事には驚いた。しかも今のネットコミュニケーション業界の最先端にいるFriendsterでの出来事だとのこと。
『Blogは、個人が自力でウェブ上に社会的な人脈を築く手段として多くの人から支持されてきたが、今回の解雇により、Blogブームが後退しまう可能性がある。また同時にこの事件は、新しい出版媒体が、企業コミュニケーション、ニュースメディア、オンラインコミュニティの役割を今後どのように変えていくのかという問題も提起している。』
これから一層、”組織よりも個人が価値を生み出す”という状況は進展するであろうが、組織側が所属する個人の言動をネガティブチェックして管理すればするほど、その組織が魅力ある個人を惹きつけること
が困難になる。
Blogに限らずインターネット自体が個と個のつながりによって構成されている場である以上、リアルの組織側が所属する個人に対して、その個人のネット上での人格に干渉するべきではない。その個人がネット上で展開するコミュニケーションを通じて人脈を広げ、成長することが中期的にはその組織にとってプラスに働くのだ。酒の席でいつでも語られている程度の組織の中傷や告発にびくびくすることなど短視眼に過ぎる。
雇用契約上の守秘義務違反にあたる行為があったならばそれは許されるべきではないが、その範疇外程度のものは肝要に捉えて。企業は現在のネットコミュニケーションメディアの発達を、より長期的な観点で肝要に捉えて、むしろ人材開発やリクルーティングへの活用といったプラスの側面にフォーカスするべきだろう。
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2004年07月21日
組織は生命体
健全な組織には血(知)の循環が必要です。
SECIモデルをあてがうにはレイヤが低すぎるところもありますが、新しい血が組織に注入されることにより、それまで「暗黙知のゆりかご」で心地よく育まれていた旧世代(1年もあれば「世代」は形成される)たちが、新世代たちに知を伝え血を循環させるためにExternalization(暗黙知→形式知)の営みを余儀なくされる。
そのEの営みの過程は決してゆりかごの中で育まれるようなものではなく、多くは感情(勘定)もろだしの関係性の中で個々人の価値観の相違を経て初めて形式知化の誉を受ける。その過程が新世代はいわずもがな旧世代にとっての「成長の糧」そのものであることが忘れられがち。。←このへん組織論と財務政策齟齬の落とし穴
そうして生み出された形式知は組織の中でボードの意思決定基準や知の蓄積格差による階層構造を生み出し、その「知ベース」の組織構造の中で恣意性の排除された健全な知の連結(Conbination)が育まれ、消費者・顧客の欲求という洗礼を受けた上で財化・商品化=マーケットとの対峙が行われる。
そして、そのマーケティングの成否と自組織のSECの営みには理想的な正のスパイラルが約束されているわけもなく、その血の循環の浄化作用はマーケットの消費者・顧客が担ってくれるものなのですよね。
その成否反芻がまた新たなInternalization(形式知→暗黙知)の営みを経て組織の肉となる。
そのころにはまた新たな血がめぐり始める。
組織は生命体だとはよく言ったもので、 『血液注入→血の循環→知の組織化→浄化作用→肉体化=成長』 という生命のスパイラルを描いて存立しているものです。
企業における採用・育成・考課・人材配置という人事機能なるものはそのスパイラル円滑化をコントロールするために存在する。やっぱり血は入れ替えなきゃ、ですね。
posted by huehara88
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